「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【トピックス】検証ルポ『2022シーズン 緑の轍』終章(22.12.26)

終章

ミ、ミコケ……?

読み方のわからない選手がいた。川崎の10番だ。

晩夏のよみうりランド。2015年9月19日、高円宮杯U‐18サッカーリーグ2015 プリンスリーグ関東の第15節、東京ヴェルディユースは川崎フロンターレU‐18と対戦した。不思議とこの日のことはよく憶えている。

メンバー表には、双方、のちにプロとなる選手の名前が多数あった。東京Vは井上潮音(横浜FC)、郡大夢、林昇吾、渡辺皓太(横浜F・マリノス)、大久保智明(浦和レッズ)、深澤大輝(東京V)、藤本寛也(ジル・ヴィセンテ)が先発出場。川崎には三笘薫(ブライトン)、田中碧(デュッセルドルフ)がいた。

ゲームは東京Vが2‐4で敗れる。ダメ押しの4点目を入れたのは三笘だ。ボックスでパスを受け、飛び出してくるキーパーをかわして決める鮮やかなフィニッシュだった。

川崎の今野章監督に「あの10番は来年トップに?」と訊くと、「大学ですね。本人の希望もあって」と返ってきた。

ふ~んとしか思わなかった。ボールを持つ姿勢がよく、技術があり、特に相手の逆を取る動きは抜群に達者だ。いい選手なのだろうが、そこまで強いインパクトは受けなかった。

ひいき目も手伝い、緑のシャツを着た選手のほうが断然輝いて見える。東京Vの10番を背負う井上は「あいつは巧いですよ。やり合っていて楽しい相手です」と言った。

今冬のFIFAワールドカップ・カタール大会、三笘、田中は日本代表に名を連ね、ドイツとスペインを破って決勝トーナメントに進出。列島を沸かせる大躍進を見せた。

ミトマ カオルの名はサッカーのジャンルを超えて完全に全国区だ。三苫と誤表記されることは少なくなり、ましてや三苔(みこけ)と呼ぶ人間などどこにもいない。

それぞれの道のりを比較し、現時点のコントラストについて論じるつもりはない。ただし、明らかな差がついたのは事実で、プロセスにおいて確実に何かが違ったのだろうと考える。そんなとき、ふと晩夏のランドが思い出された。

今季、城福体制を支えた小倉勉ヘッドコーチは言った。

「城福さんとは長い付き合いになりますが、指導者として変化することを恐れず、ずっと変わり続けている人です。1年ごと、あるいはもっと短いスパンで進化している。5年前、10年前のサッカーで有効だった戦術がいまの時代で通用するか。難しいでしょう。この世界では変化に対応できなければ取り残されるだけです。たとえば、将棋の世界もそう。激しい競争のなかで、次々に新たな戦術が生み出されていく。僕はそういった棋士の考え方が好きですね。クラブもまた、革新に次ぐ革新、その連続が伝統になっていくのでは。一方で、城福さんの根底にあるもの、芯に持っているものは変わらない。変化を受容する部分と変わらずに持ち続けるもの。ふたつのバランスが大事になってくるのだと思います」

僕は今回のシリーズ、またはコラムで城福監督の根っこがどこにつながっているのかを書いてきたつもりだ。さらなる変化は先のお楽しみとなる。

小倉コーチの見解、「革新の連続が伝統になる」という言葉は若手の育成に関しても当てはまるのだろう。その点、東京Vの歩みは同じところをぐるぐる回りすぎたのかもしれない。進化、または深化していくことを期待して見てきたが、結果を示されれば見直しの必要ありは誰にだってわかる。

この半年間、チームが変化していくスピード感は体験できた。総力戦で勝利をつかみ取ったJ2第31節の水戸ホーリーホック戦(2‐1○)をはじめ、J2を勝ち抜くとはこういうことなのだとあらためて実感できた。

12月20日、Jリーグは来季のレギュレーションを発表し、J2は自動昇格枠がふたつ、3位から6位で争うプレーオフは従来のJ1・16位との対戦が取り払われ、昇格の条件が緩和された。

気持ちはオールベット。間違いなく勝負のシーズンだ。体制を継続できれば、手応えは十二分にある。

 

(検証ルポ『2022シーズン 緑の轍』終章、了)

 

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