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【無料公開】【東京ダービー連動企画】【新東京書簡】特別版『木曜日の朝には』海江田(23.7.10)

 
■食えるのか、食えないのか
 
 生ハムを手に持ち、おれは冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。まだ食えるのか、これは。ラップに包まれており、消費期限は不明だ。もともと保存食だから、ある程度は日持ちするだろうが。
 ちらっとラップをめくり、匂いを嗅いでみる。可とも不可とも区別がつかなかった(鼻炎持ちで嗅覚ザコ)。よく見ると脂のところが茶色がかっている。やめとくか。意地汚くトライして食あたりでも起こしたらアホらしい。
 5連戦の真っただ中である。つまらないことで離脱するわけにはいかない。4戦目が12日の水曜日、天皇杯3回戦の東京ダービーだ。先週末あたりから、そろそろやっとくかと冷蔵庫の整理を始めていた。食べられるものはさっさと食べ、食べられないものは廃棄する。その仕分け作業である。
 そもそも、後藤さんと始めたこの『新東京書簡』は近い将来実現するだろう東京ダービーを見越して用意したコンテンツだった。ところが、待てど暮らせどその機会がちっとも来やしねえ。いつまでもJ2から抜け出せないこっちのせいだから、口をつむぐほかない。
 今季、15年目のJ2を戦う東京ヴェルディはシーズンを折り返して、自動昇格圏の2位につける。チームを率いる城福浩監督は言わずもがな、FC東京の礎を築いたひとりだ。まさか、こんな未来が待っているなんて、あの頃は思いもしなかった。
 城福監督は2008シーズンと2016シーズンのニューイヤーカップ(沖縄で開催されたプレシーズンマッチ)、FC東京の指揮官としてダービーを戦っている。鼻を明かしてやりたいと思っていた敵将によって、東京Vの文化にはないスタイルと新しい基準が導入され、近年まれに見る充実したシーズンを過ごしている。じつに怪奇で、じつに皮肉な話だ。
 ついでに言うと、強化を主導する江尻篤彦強化部長と眞中幹夫強化副部長は、ジェフユナイテッド千葉の流れを汲むサッカーマンである。現場、強化部とも外部の血によって、クラブが再建されようとしているわけだ。チームを取材する側としては、目を開かされる出来事がしょっちゅうあり、変化に富んでいて楽しい。
 冷蔵庫の整理はまだまだ終わらない。
 厄介なのが、調味料の類いである。この際、中身がちびっとしか残っていない容器は片っ端から捨てるか。すると、奥からビニール袋に包まれた褐色の塊が出てきた。こういうのが一番扱いに困る。恐る恐る開封してみたところ、小分けされた醬油やソースの団体だった。いつか使うかもしれないと取っておいたが、ついぞ出番なし。この手の「もしも用」は溜まる一方である。すまんなと心で詫び、ゴミ箱に投げ入れた。
 

よし、すっきりしたぞ。


 
■響き渡ったダービー専用チャント
 
 12年ぶりのダービーに向けて、双方、クラブ側の温度は低い。世代交代が進み、指導者や選手はもちろん、多くのスタッフが入れ替わり、往年の戦いを知る人は少なくなった。なにせ干支がひと回りしたのだ。無理もない。周囲をヘンに刺激して、トラブルが起こるのを避けたい思惑も透けて見える。そういったクラブの方針は尊重する。もとより東京ダービーは外野発祥の文化だ。
 一方で、ただの一試合であろうはずがないという思いも尊重されていいはずだ。積み重ねた歴史は計量化できず、その善し悪しを裁けるつもりでいるのは思い上がった考えである。人は合理のみで動くにあらず。
  また、選手が観客のレベルに合わせてプレーしないように、ライターも基本的には読者のリテラシーに合わせて書くことはない(伝える努力はするけれども)。その行為は相手への侮辱に等しいからだ。
 冷蔵庫の上の段から、宮崎生まれの『マキシマム』オリジナルスパイスの詰め替え用がごそっと出てきた。以前、だいぶ探したが、こんなところに隠れていやがった。後藤さん、いるかな。いらねえな。料理なんぞせんだろう、あんたは。
 とりあえず、冷蔵庫の2段分は空いた。やや心許ない。やはり3段分のスペースは必要か。遠目にしか見たことがないから、いまいちスケール感がつかめない。強引にぎゅっと突っ込めば、入らないことはなかろう。こそこそ内密に進め、妻には「あとでわかるから」とだけ言ってきた。空前絶後のアルティメット・サプライズだ。あまりの衝撃と喜びに、泣き出してしまうかもしれない。
 2‐2のドローに終わった昨日のJ2第25節、FC町田ゼルビア戦。試合後、選手たちを迎える国立競技場のゴール裏からダービー専用のチャントが響き渡った。ユース出身の深澤大輝は言う。「聞き覚えのある歌詞とメロディ。自分たちにとってFC東京とのダービーはとても大きいもの。中2日でどんなメンバーになるかわかりませんが、チーム全員の力を合わせて勝ちたいです」。
 現在の立ち位置がどうあれ、メンバーをターンオーバーしようが、ダービーはダービーである。勝ちにいかないゲームに価値なんぞビタイチない。城福監督は日本のトップ・オブ・トップを意識してチームづくりを進めており、無様なゲームは受け入れがたいはずだ。
 それにしても、J1で11位につけるFC東京の胸を借りられるなんて幸せである。暑くて熱い真夏の夜、緑者も青赤野郎も水分補給を怠らず、よくよくハメを外し過ぎないように気をつけてほしい。相手は大事なサッカーファミリーだ。
 最後は、細々としたものを野菜室と冷凍室に放り込み、作業終了。ま、こんなところでいいだろう。おれはずいぶんとすっきりした冷蔵庫の中を見回す。ちょうどいい掃除になった。
 木曜日の朝には、ここにかわいいタヌキの生首が納まっているだろうよ。
 
『スタンド・バイ・グリーン』海江田哲朗
 

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