「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

樋口靖洋には一切のブレがなかった [J25節広島戦レビュー] 藤井雅彦 -1,937文字-

実質シュートゼロ本に終わった鹿島アントラーズ戦から中2日でのサンフレッチェ広島戦だった。コンディションを考慮してフォーメーションを組んでの実戦形式練習は行わず、誰がスタメン出場するか選手ですら分からない状況だった。分かっていたのは鹿島戦で再び右足首を痛めたラフィーニャと右足かかと痛の小林祐三が18人のメンバーから外れたこと。それだけだった。

4-3-2-1_奈良輪キックオフ約2時間前に発表された先発11人は、樋口靖洋監督の信念が色濃く反映されていた。ボランチは小椋祥平と三門雄大が組み、右MFには藤本淳吾ではなく兵藤慎剛が入る。ダブルボランチは両者ともにエネルギッシュでアグレッシブなプレーがウリで、樋口監督の言葉を借りれば「スイッチを入れられる選手」である。同じように兵藤は藤本と比較したとき、攻守両面に幅広く貢献できる選手で、右足首のねん挫を抱えながらも歯を食いしばって走れる。この起用について指揮官はのちにこう明かした。

「アグレッシブさを取り戻すことがテーマだった。広島相手に走らなければいけない。意識的に走れる選手を使った。走ってスイッチを入れられる選手を使う。それが選考の基準だった」

試合が始まると、たしかにマリノスは走った。広島相手に後ろに引いて構えるのではなく、場合局面によっては積極的に奪いに走った。とはいえチーム全体の意思統一ができていたわけではない。事実、試合前日に中村俊輔は「広島相手に闇雲にプレスに行ったら、相手は完成度が高いからやられてしまう」と消極的な意思を示していた。勝つための最善策が前からプレスに走ることだったかは定かではない。蓋を開けてみると、走る選手とそうではない選手とで分かれていた。指揮官の意図が100%全選手に伝わっていたわけではなく、それは広島という特殊なチームが相手だったことも大きく影響しているだろう。

 

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広島3-4-2-1 やや中途半端な印象の拭えない前半を終えて、後半開始にまたしても驚きが待っていた。中村の交代は体調不良が原因だが、これまでの流れならば代役は藤本淳吾であった。しかし、樋口監督はあえて佐藤優平を指名し、トップ下の位置でピッチを送り出した。その意図は「優平を使ったのはランニングできるタイプだから」(樋口監督)。首尾一貫した起用法で、リスク覚悟ながらあくまで走り勝つことを目指した。

繰り返すが、広島相手のこの戦術が得策だったとは言い切れない。試合終了後、特に守備陣からは厳しい意見も聞かれた。栗原勇蔵は「内容はたいしたことない」と言い放ち、鹿島戦からの上積みや切り替えについても「この前の試合があまりにも悪くて、シュートも実質打っていないし、それ以下の試合はない」と苦笑した。鹿島戦の内容が悪すぎたことによる錯覚は少なからずある。

それでも指揮官は頑なに意思を貫き、起用された選手はそれに応える努力をした。三門雄大は疲れきった表情で「勝つにはこういう苦しいことをやらないといけない」と充足感を垣間見せた。中澤佑二や栗原も前線につられてラインを高く保ち(相手の1トップが佐藤寿人ではなく皆川佑介だったことにも助けられたが)、ギリギリのところでゴールを死守した。それら頑張りに対するご褒美が伊藤翔のPKゴールであろう。

9月に入って初めての勝利を手にした指揮官は「自分たちからスイッチを入れる。それがチームのベース」とあらためて胸を張った。すべての局面でそれをできたとは言い難く、意思統一や完成度もまだまだ。とはいえ姿勢を見せたことはたしかで、そのための意識付けをしたのも事実だ。少なくとも広島戦に臨む樋口靖洋は、一切のブレがなかった。

もちろん完成度を高める作業は必要で、信念を貫いたことだけで高評価するわけでもない。監督として最低限の仕事をやったに過ぎない。しかし、そうやっててつかんだ勝ち点3には何らかの意味と価値がある。残り9試合を9連勝すれば、昨年の勝ち点を上回ることだって可能なのだ。「勝ったことが前進」(栗原)。我慢と信念の先にあった久しぶりの勝利を、次につなげてもらいたい。

 

 

 

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