「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

ターニングポイントとして語られるかもしれないゲーム [J5節広島戦レビュー] (藤井雅彦)

 

試合終了のホイッスルが鳴り響くと、樋口靖洋監督は降りしきる雨の存在をすっかり忘れ、力強いガッツポーズを何度も繰り返した。いついかなるときでもゴールが決まれば歓喜し、チームが何か失敗すれば頭を抱える指揮官である。そういったオーバーリアクションはいまに始まったことではないが、この日ばかりはそれを抑えろというのも無理な話であろう。

試合後の記者会見の席で、樋口監督は齋藤学の先発起用について報道陣から質問された。すると「90分持つかどうかというリスクはあったが、思い切って使ってよかった」と安堵の表情を浮かべた。監督自身が“リスク”という言葉をチョイスしたことからも、齋藤のコンディションは万全ではなかったのは明白。試合前日の時点で齋藤自身も「コンディションは日によって波がある」と吐露しているように、負傷のリスクもある博打的な先発起用だったのである。

そういった不安をさらに増長させたのが悪天候だった。懸念されていたほどの強風ではなかったが、それでも雨は90分間降り続き、ピッチには水たまりができている箇所もあった。立ち上がりから両チームの選手が転倒する場面が相次ぎ、劣悪なピッチコンディションが負傷をはじめとするアクシデントの可能性を高めた。

しかし、である。降雨によるアクシデントは両チームに平等に起こりうるものでも、根本的なサッカーの質に影響を与えるかどうかは平等ではない。つまりどちらのチームがより戦いにくい状況になってしまったか、である。「このグラウンドなので広島はやりたいサッカーができなかったと思う」(中澤佑二)。マリノス以上にパスをつなぐ性質のサンフレッチェ広島にとって、雨は対戦相手以上に厄介な敵だったのかもしれない。天気の神様は、連敗だけは避けたいマリノスと、齋藤起用で勝負に出た樋口監督の味方をした。

広島がピッチコンディションに戸惑っていたのは後半から戦い方を変えたことからも見て取れる。広島は守備時には[5-4-1]のようなシステムで引いて守り、カウンターの場面で長いボールを使うことも厭わない。ただしビルドアップ時は丁寧にショートパスをつなぎ、闇雲なボールを入れてくるチームではない。前半はそういった本来の戦い方で雨とマリノス守備陣に苦戦していたため、後半は戦い方を変えて長いボールを入れてくるようになった。そうなってしまえば、言うまでもなくマリノスの術中である。佐藤寿人は1本もシュートを放つことなく試合を終えた。

また、マリノスの選手が落ち着いて90分間プレーしたのは見逃せない。少し前がかりな指揮官を横目に、選手はスリッピーなピッチに苦労しながらも状況に応じた柔軟な判断を見せた。例えば中町公祐は前後半でピッチコンディションに差があると見るや、後半は「少しアバウトなボールでも水たまりで止まるからチャンスになる」と相手ディフェンスラインの裏にボールを供給し続けた。こういった狙いはボディブローのようにダメージとなり、相手を間延びさせることに一役買った。

中町はさらに決勝点となるビューティフルゴールも決めている。兵藤慎剛とのパス交換は見事と言うほかなく、ニアを射抜くシュートも素晴らしかった。後半開始直後に同点とされたが、気落ちすることなくチーム全体で少しずつ押し込み、74分にこうして中町が決めた。失点場面を除き、チャンスらしいチャンスのなかった広島に十分すぎるダメージを与える価値ある一発だ。

そして1点目と3点目は雨の降るピッチでミドルシュートという定石通り。それにしても富澤清太郎のミドルシュートは豪快に決まった。もともとひざ下の振りの速さには定評があり、ミドルレンジのパスは糸を引くような弾道を蹴る選手だが、それがシュート場面で飛び出したのだから本人も少し驚いていた。開幕前に「今年はゴールにもこだわっていく。得点が少ないのを前線の選手だけの責任にはできない」と宣言していたとおり、開幕から続くゴールラッシュという列車に乗り込んだ。

トドメとなった3点目は、ドゥトラのミドルシュートのこぼれ球を詰めたマルキーニョスが挙げた得点である。この歴代最強助っ人は90分間すべてのプレーがハイレベルとは言い難いが、ここぞの場面できっちりゴールネットを揺らす。サッカーは11人それぞれに役割分担があるとすれば、フィニッシュ場面で輝く人材はやはり貴重だ。少なくともここ数年のマリノスに、フィニッシャーと呼べるFWはいなかった。

終わってみればスコア以上の完勝である。樋口監督がリスクを承知で齋藤を起用したことが最大のポイントで、その覚悟こそが天候を味方につけ、ファインゴールの呼び水となったといっても過言ではない。ベストメンバーのマリノスは間違いなく強い。これは発見ではなく、あくまで再確認に過ぎない。樋口監督は2013シーズンにおけるベストメンバーを組み、アウェイの地で昨季王者を粉砕した。絶対に勝たなければいけない試合で勝った一戦は、シーズンが終わったときにターニングポイントとして語られるゲームかもしれない。

 

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