「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

残すは5試合はシーズン終了へのカウントダウンではなく、頂点に立つためのカウントダウンだ [J29節広島戦レビュー] (藤井雅彦) -2,419文字-

不安は結果として杞憂に終わった。しかし、個人的には試合前に抱いていた不安が間違っていたとは思わない。現在のチームにおけるドゥトラと兵藤慎剛は絶対に替えの利かない選手だ。誰が同じポジションに入っても、同じ役割は果たせない。ただし同じポジションで違う役割を担うのならば話は別だ。実際、奈良輪雄太と佐藤優平はレギュラー選手とは異なる持ち味を発揮した。試合後、樋口靖洋監督は満足気な表情で「もちろんドゥトラや兵藤とは違うタイプの選手なので、彼らと同じプレーは要求していない。彼らとは違う自分たちの持ち味を出しているという点も、高く評価したいと思う」と語っている。

4-2-3-1_佐藤 ほぼ固定されているレギュラー選手が負傷や出場停止によって欠場し、ベンチメンバーが繰り上がった結果、チームの性質を変えないために窮屈そうなプレーに終始。持ち味を出せず、かといってレギュラープレーヤーのような働きもできない。その典型例が今シーズンにおける小椋祥平だろう。主に富澤清太郎を欠いたときに先発した多くの試合で小椋の持ち味は影を潜めた。守備では小椋はより能動的にボールを奪いに行くタイプで、マイボールになってからは富澤のほうが横パスを多用し、ポゼッションを大事にする。小椋はすぐにでも縦パスを入れて、戦況を一変させたい性格だ。結果、小椋は富澤になれず、小椋でもなくなった。唯一、持ち味を発揮できたのはゴールが必要なシチュエーションでチーム全体が前がかりになったナビスコカップ準決勝第2戦・柏レイソル戦である。

サンフレッチェ広島戦に話を戻そう。かくして左SB奈良輪、右MF佐藤の布陣の臨んだわけだが、ゲームの焦点としては、まず相手の右サイド・ミキッチをいかに封じるかが大きなポイントだった。そこで重要なのが齋藤がどれだけ高い位置取りでミキッチを押し下げられるか、加えて、何度か訪れるであろうミキッチとの1対1で奈良輪が粘り強く対応できるか。前半に関しては、主にマリノスの右サイドでの展開が多く、齋藤も左から右へと幅広く動くことで相手を混乱させていた。ミキッチが前へ出る場面はそれほど多くなかったため、奈良輪も無難に終えることができた。

3-4-2-1広島他チーム ただし後半は前半とは一変して、マリノスの左サイドで攻防が増える。それは右MF佐藤が「後半は(齋藤)学サイドでやっていて、相手もミキッチを使っていたからこっちにあまりボールが来なかった」と明かしたとおりである。ボランチの青山敏弘、あるいは2列目の高萩洋次郎からサイドへ展開し、ミキッチが独力で打開を図る。対して奈良輪は集中力高くプレーし、一度も抜かれなかった。経験の少ない奈良輪は中村俊輔の言葉を忠実に守る。「奈良輪にはミキッチにとにかく抜かれないで縦を切れと言っていた。それで遅攻にさせれば(齋藤)学やカンペー(富澤)がフォローに行ける」(中村)。意気揚々とドリブル突破を仕掛けるクロアチア人をスローダウンさせ、味方とタッグを組んで数的優位に持ち込む。強引に縦に仕掛けてくれば、必ず体に当ててクロスを上げさせなかった。その粘り強さはときにリスクの高いスライディングを仕掛けるドゥトラのディフェンスよりも効果的だったかもしれない。

一方の佐藤は主にフリーランニングで貢献した。3試合連続で公式戦先発を果たしたわけだが、試合をこなすごとにキャパシティを増やしている印象を受ける。ゴール前での肝心な試合は足りない部分もあるが(この日もチャンスの場面でヘディングを淡白に外している)、過程については成長著しい。兵藤のように身体的な強さを生かしたキープはできなくても、裏に抜ける動きを繰り返して相手の目線から逃げる。仮に使われなくても周囲にスペースを提供する意味もある。佐藤は、佐藤として役割を果たした。

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いわゆる代役選手たちの奮闘に、レギュラー陣が落ち度を見せるわけにはいかない。GK榎本哲也はファインセーブでチームを救い、中澤佑二は磐石の守備を披露。栗原勇蔵はたった一度だけ佐藤寿人にチャンスを与えたほかは見事に完封した。小林祐三は「なんなら奈良輪はオレよりもよかったと思う」と逆サイドの選手を褒めたが、自身も清水航平を封殺している。ダブルボランチは常に冷静な判断でゲームを作り、中村俊輔とマルキーニョスはこの日、高い守備意識で勝利への渇望を表現した。

そして齋藤学である。日本代表の欧州遠征帰りで体調が不安視された、なんのそのである。豪快なドリブルシュートで試合を決めた。ゴール後、ボールをもつたびにスタジアムに詰め掛けた4万人近いサポーターがザワついたことこと日本代表の証。力を証明し、見られ方が変わる。例えば、直接FKでボールをセットする中村に、スタジアムから大歓声が湧くだろう。齋藤のドリブルにも、そんな高揚があった。日本代表として試合に出場できなかった悔しさを、プレーとして結果につなげたことにも意味がある。

広島を破り、首位奪還に成功した。「内容はともかく、この勝利はデカイ。直接対決に勝つのは重要」(中澤)。これで4試合連続完封を達成し、さらに日本代表選手が復活の狼煙を上げた。残すは5試合のみ。シーズン終了へのカウントダウンではなく、マリノスが頂点に立つためのカウントダウンだ。

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