「(父の水沼貴史には移籍を)LINEで伝えた。『マリノスのサッカーは面白いよ。ユニフォーム着ているのを見るのが楽しみだな』と言ってくれた」 [水沼宏太インタビュー(前編)]
実施日:1月15日(水)
インタビュー・文:藤井 雅彦
協力:横浜F・マリノス広報室
水沼宏太が帰ってきた。
20歳でマリノスから離れた男は、来月30歳になる。顔つきは精悍さを増し、同時に余裕を感じるようになった。
しかしピッチに立てばエネルギッシュなのは相変わらずだ。率先して声を張り上げ、手を叩いてチーム全体を鼓舞する。そんなアクションを自然体でできるのが彼の強みだろう。
個別取材としては、このインタビューが復帰後初。水沼宏太の決意の言葉に、耳を傾けてほしい。
――あらためてマリノス復帰を決意した経緯を聞かせてください。
「仲介人を通じて『マリノスからオファーをもらえるかもしれない』と聞いたときは、ちょっと信じられなかった。でも同時に、本当にうれしいという思いもこみ上げてきた。2010年の途中にマリノスからの移籍を決意して、それから一度も声がかからなかったから。
新体制発表会でも言ったように『戻ってやるものか!』と思っていた。でも、なぜそう思っていたかというと、自分が何もできなかった強がりからくるものだと思う。憧れていたマリノスの一員になれたのに、当時の自分は実力不足で何もできず、本当に悔しかった。その悔しさが『戻ってやるものか!』に変わっていた。
でもマリノスと試合をやると『やっぱりカッコいいな』と思う自分もどこかにいた。そうしたらリーグチャンピオンになったタイミングでオファーが来たから、めちゃくちゃうれしかった。正直、もうマリノスに戻ることはないと思っていたから。
ただ、セレッソには信頼してくれるメンバーやスタッフがいたし、セレッソで優勝したいという気持ちがあったのも本当のこと。その状況やチャンスを手放したくないという思いはあったし、積み上げてきたものもあった。
鳥栖からも声をかけてもらって、それも本当にうれしかった。マリノスと鳥栖は両方ともかつて在籍していた思い入れのあるチームだから、こうやって声をかけてもらったということは自分がやってきたことを評価してもらえたということだと思う。やってきたことは間違っていなかったと思えたし、オファーをもらえたことが自信になった。
セレッソも鳥栖も自分のなかでは大切なクラブ。でも、それよりも上回ったのはマリノスに行って、昔叶えることのできなかったマリノスで輝くという夢を叶えるチャンスをもらえたということだった。それを叶えるのは今で『昔とは違う』という自信もある。最後は『マリノスで輝きたい』という思いだけ。それが一番の理由だった」
――マリノス復帰にあたって、父親の水沼貴史さんに相談したり、アドバイスを求めたということは?
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