【無料記事】【フットボール・ブレス・ユー】第38回 心の色はいつまでも ~冨樫剛一U‐18日本代表コーチ~(19.2.27)
その人が考え抜いて決めた道、下した決断について、他者はとやかく言うべきではない。ぬくぬくと安住もできただろう立場を捨て、リスクを背負って新たな世界へと出ていく人に、幸多かれと祈るだけだ。
ただ、僕の正直な気持ちを吐露すれば、祝福よりもさみしさのほうが勝る。クラブにとってはおおいに痛手だ。いつの時代も危うさと隣り合わせの東京Vのガバナンスにおいて、冨樫は潤滑油の役割でもあった。ここはのちのち響いてくるだろう。
「ソシエダで感銘を受けたのは、Yo no tengo segundo equipo というフレーズ。クラブを象徴する選手で、昨年引退したシャビエル・プリエトの言葉なんですが、直訳すると『私は二番目のクラブを持たない』なんです。でも、よくよく聞いてみるとそうではなく、『私はたったひとつのクラブを心に持つ』が妥当な解釈。選手だけではなく、プロになれなかった者、サンセバスチャンの街の人々も、みんなそういう気持ちを持っている」
ソシエダでの最後の日、冨樫は心尽くしのセレモニーで送り出された。10メートルを超える横断幕が掲げられ、そこには日本語で「すばらしい指導者よ。あなたの笑顔は私たちの心に届きました」とのメッセージがあった。こいつには泣かされた冨樫、「Yo tengo segundo equipo」(私はふたつのクラブを心に持った)とモジって返し、向こうも泣かせてやったそうだ。
「まあ、それくらいスペイン語が上達したということ。ソシエダはこの5年間で6人の選手を売却し、207億の利益を出しているんです。外に出ていった彼らも、心のなかにはソシエダがある。おれの言いたいこと、わかるでしょ? ヴェルディもそうなっていってほしいし、自分はどこにいたって育った場所を忘れることはない。スペインでは、あらためてヴェルディのよさを感じることが多かったですね。ここにはフットボールの文化がある」
今後、指導者として経験を蓄え、スケールアップした暁には、再びランドに帰ってくるつもりはあるのか。口約束でいいから、その日を希望として持っておきたいのは僕だけではないはずだ。
「外に出た自分が誰の目にも明らかな結果を出せば、ヴェルディがまた必要としてくれるでしょうし、よそからもオファーを受けることができるでしょう。もうあいつはダメだなとなったら、河本充弘(冨樫の育成時代からの同期。元ヴェルディ川崎)の店で働かせてもらおうかな」
と、冨樫はいつもの冗談で混ぜっ返す。
先日、J2開幕のFC町田ゼルビア戦は早速視察に訪れており、これからも現場ではちょくちょく会うことになるだろう。若い選手を安心して預けられる指導者がJFAにいるというのは、クラブにとって歓迎すべきことでもあるに違いない。