柱谷哲二監督インタビュー「『J1昇格』を目指す真意(前編)」(2012/3/28)
柱谷監督体制2年目のシーズン。始動日に柱谷監督は選手たちに向かって、こう宣言した。
「J1昇格を目指す」
それも「6位以内」ではなく、「あくまで2位以内を目指す」というのだ。水戸は昨季17位のチームである。そして、これまでずっとリーグの下位に低迷していた。それを考えると、あまりにも高い目標だと思われる。しかし、柱谷監督の目は真剣そのものだった。「本気でJ1を目指す」。そう語る闘将の真意を聞いた。
昨年、まずはプロのメンタリティーを持たせた
――まず、最初の段階から話を聞きたいのですが、水戸の監督のオファーを引き受けた決め手は何だったのでしょうか?
沼田邦郎社長と萩原武久GMからオファーをいただき、2人と話をした時、熱さとか、サッカー界をよくしたいという情熱をすごく感じたんです。僕自身も現場に戻りたいという思いがあったので、水戸に関しての知識はほとんどなかったのですが、チャレンジしようかなと思いました。やっぱり熱意ですね。あと、僕自身にある程度(チーム作りを)まかせてもらえるということも大きかったですね。そういう点でやりがいがあると思って決めました。
――実際、チームを見て感じたことは? チーム編成など想定外のこともあったのではないでしょうか?
前の年に国士館大学でコーチをしていたのですが、同じような年齢の選手ばかりで驚いたところはありました。まずは選手のメンタリティーをしっかりさせないといけないなと思いました。水戸の人たちに応援してもらうのに、服装がだらしなかったり、私生活が乱れていたりしたら申し訳ない。そういうところにおいてもプロの考えを浸透させようという思いはありましたね。
――学生とプロのメンタリティーの一番の違いはどこにありますか?
サッカーのためにすべてを捧げられるのがプロだと思います。やりたいことだけをやるのではなく、チームが勝つためにコンセプトを守ってトライしていくということですよね。
――服装や身なりにもこだわったとのことですが。
そうですね。やっぱり、選手たちにはプロとしてのプライドを持ってもらいたい。どこで誰に見られているか分からない。子供たちやスポンサーさんが見ているかもしれないし、ファンの人が見ているかもしれない。そこで評価が変わってくる。水戸ホーリーホックというクラブの印象が悪くなるだけでなく、自分にとってマイナスになってしまう。だらしない格好をしてプラスになることはほとんどない。そういうことを理解してもらいたい。
――監督はJリーグが最も華やかな時代を知っていて、そこから人気が急落したことも知っているからこそ、そういうところにこだわりがあるのではないですか?
自分が経験しているからこそ言えることだと思いますね。同時に、ファンサービスはしっかりやらないといけない。当たり前だと思っていたことが、ここ数年のJリーグを見ていると当たり前じゃなくなっていた。水戸に来る前から、そこがすごく気になっていたんです。僕自身、アマチュア時代の寂しさを経験しているので、そこに戻ってはいけないという強い危機感があるんです。Jリーグができたことによって、選手たちには出来る限り伸び伸び生き生きプレーしてもらいたいと思っています。そのためには我々だけじゃなくて、サッカー界全体でファンを大切にしないといけない。社長もGMもそういうところをしっかりやろうと、「水戸はそういった面でしっかりやっているチームだ」ということを発信していこうと言ってくれました。そこに共鳴して引き受けたということはあります。
――実際に指導をして、選手たちは変わりましたね。
僕はある一定のラインを引くんです。そこに上がってこないとダメだと。僕自身が選手を育てることもあるかもしれないけど、そこはコーチの役割でもあります。僕は一歩引いて公平な目で判断するようにしました。あと、教えすぎはよくないと思っているので、選手が食いついてくるまで待っているということもありますね。いろんなことを考えて、チーム作りを行ってきました。ただ、選手たちは本当に真面目に取り組んでくれた。その結果、成長した選手がたくさんいましたね。
――食いついてきた選手が多かったということですね?
ほとんどの選手が食いついてきてくれました。ただ、その中で僕らが言ったことを理解して取り組んだ選手と「こんなもんでいいかな」という気持ちでやった選手の差が出ましたね。
――チームという枠の中にいると、この集団の中である程度できればいいと思ってしまう選手と常に高いレベルを見据えて取り組む選手とで差が出てきてしまいますよね。
その通りですね。昨季は大卒選手が多くて、高いレベルでプレーした選手はほとんどいませんでした。どうしても“なあなあ”の世界に入ってしまう選手が出てきてしまう。そういう選手はシーズン後にチームを出て行ってもらうこととなりました。その選手がダメというわけではないですが、我々のやり方と合ってないということなんですよ。ならば、他の指導者の下でプレーした方がいいかもしれない。意識革命をしたかったし、競争の原理も大事にしたかった。そういう意味で昨年は競い合った1年でしたね。いろんな選手が試合に出たし、誰にでもチャンスがあったチームだった。そこでふるいにかけて、力をつけた選手をチームに残しました。
鈴木隆行加入でチームの空気が変わった
――昨年1年でチームも選手も成長しました。技術面や戦術面の進歩があったことは間違いないですが、フィジカル面を鍛えたことが力になっていると思います。フィジカルトレーニングに関しては、専門のフィジカルコーチを置かずに柱谷監督が主にメニューを組んで行っていますね。
フィジカルトレーニングはコンディショントレーニングと同じで、いいコンディションに持っていくために行うんですよ。サッカー選手が90分走れないということはおかしな話で、基本的にサッカーは走るスポーツですから、走れるフィジカルをつけないといけない。そのためのトレーニング方法を、これまでいろんなフィジカルコーチと組んで来て知識として得ていますし、自分自身も選手としての経験もある。全部含めたトレーニングを組んでいます。フィジカルトレーニングに関して、自信を持って取り組んでいます。昨年で選手たちのフィジカルは変わったと思いますよ。選手が90分、120分走れるようになると、いろんなところで余裕ができてくるんですよ。相手の苦しい顔を見るとうれしくなるんですよ。「俺はまだ走れるのに、相手は苦しんでいる。これは行けるぞ」と、メンタル的に上に行くことができるんです。だから、フィジカルは大事なんです。
――スタミナのところだけでなく、筋力の強化も念入りに行いました。年間通して柱谷監督がメニューを組んで選手たちに筋トレをさせていました。体力的に厳しい夏場にも継続させました。その結果、シーズン序盤は吹き飛ばされることが多かった選手たちが、昨シーズン終盤には当たり負けしないようになりましたね。
かなり強くなりましたよね。そこは継続していかないといけないことで、昨年だけではなく、今年も継続しています。
――まさに、やりたくないこともやらないといけないポイントですね。
大学の時にも筋トレをやっていたかもしれないけど、みんな足りないですよね。大学で4年間やるより、水戸で2年間やった方が変われると思いますよ。鈴木雄斗はこれからかなり変わると思いますよ。楽しみにしておいて。内田航平も。
――あと、柱谷監督の練習で印象的なのは、ほぼ毎日全体練習後に個人トレーニングの時間を作っていることです。
選手たちが何に向き合うかを見たいんですよ。好きなことをやっているのか、それともネガティブなことを取り組んでいるのか。トレーニングのメニューを見ているだけで、心理的なものが見えてくるんですよ(笑)。やりたいことだけをやっている選手にはタイミングを見計らってカミナリを落とすこともありますね(笑)。
――そうした取り組みを行ってチームは変化していきました。そして、7月には鈴木隆行選手が加入しました。
全然(周りの選手のレベルと)違うよね。35歳の選手があれだけ戦っていたら、周りの選手はさぼれないよ。言い訳が許されないという空気ができましたよね。あと、柱がしっかりした。前のところでポイントを作れるし、守備の意識が高い選手が入ったことで、チームが安定しましたね。それで周りの選手が自信を持つようになった。すべてにおいて隆行の加入は大きかったよね。
――一度は現役引退を決意した鈴木隆行選手ですが、プレーのレベルは想像以上だったのではないでしょうか?
いや、想像通りです。あれぐらいやれると思っていました。J1でもできるんじゃないかな?
――隆行選手が加わったことでチームのスタンダードが上がりましたよね。
それは隆行だけの問題だけでなく、コーチ陣たちもプレーの質にこだわりましたし、それを選手たちが分かってくれた。理解して練習するのと、漠然とやるのは全然違いますから。
――一つの集大成として、天皇杯3回戦でガンバ大阪を撃破しました。あの試合の持つ意義とは何でしょうか?
みんながさぼらず戦えば、どんな相手でもいいゲームができる。勝ち負けはあるけど、接戦に持ち込むことができる。それこそ選手たちに伝えたかったことなので、G大阪相手でも押されっぱなしではなく、自分たちのサッカーができた上に勝てたという結果となって表れたことはとてもよかったと思います。しっかりした土台ができたということですね。
――ガンバ大阪戦だけでなく、そこから天皇杯4回戦のFC東京戦まで質を落とさずに戦えたところにチームの成長を感じました。
連敗で苦しんだ後にリセットしてからはとてもいい状態になりました。あと、連敗をした後に選手選考のところである決断をしたということはありましたね。そこがしっかりしたことでゲームが安定しだしたし、変なストレスはなくなりましたね。
――そうして1年目が終わりましたが、就任した時に予想していた以上のチーム作りができたのでは?
いや、予定通りですね。想像以上でも以下でもないです。順調に来たなという印象です。
財力で勝負はできない。誠意で勝負した。
――2年目に向けて、選手の入れ替えが行われましたが、チーム編成で意識したことは?
バランスです。年齢バランス、ポジションバランスを大事にしました。隆行や(吉原)宏太というベテランはいるけど、若い選手が多いチームだったので、もう1人落ち着いてプレーできるベテランがほしかった。
――市川選手ですね。
そうですね。昨季はサイドバックにストレスを感じていました。サイドで起点ができていませんでした。そこは補強ポイントでした。それと、左利きのサイドバックも欲しかった。GKとDFの間にクロスを入れられる選手ということで、輪湖に来てもらいました。両サイドバックにまず声をかけました。
――元日本代表DFの市川選手をはじめ、今季は実績ある選手を獲得しましたが、オファーをかけた時の選手の反応はどうだったのですか? 今までは水戸というと、他のチームに行けなかった選手が来るというイメージがあります。積極的に声をかけての反応はどのようなものだったのでしょうか?
どの選手も反応がよかったですよ。振られた選手もいますが、声をかけた選手はいい反応でしたね。早く声をかけるとこれだけ反応がいいんだなとあらためて感じました。
――かなり早く声をかけたのですか?
ホーリーホックというクラブは財力では勝負できないので、誠意で勝負しないといけない(笑)。いち早く声をかけることは大事だと思いますね。すごく早い段階からリストアップをはじめていましたし、交渉がOKになってすぐに声をかけました。全ポジションのリストアップをして、その中で選手の年俸の額を頭に入れて、秋になって来季のチーム編成から外れるような選手に対して真っ先に声をかけました。
――選手補強は監督主導で行われたのですか?
今年に関しては僕の主導で行いました。納得いく補強ができました。
――聞きにくい話ですが、実際、どの程度うまくいったのですか? 何人ぐらいに振られたのでしょうか?
振られたのは、FW1人だけですね。振られたというより、値段が合わなかったという感じですね。ただ、今の財力でそれなりの選手を獲ろうとしたら、言葉は変かもしれないけど、「ワケあり」みたいな選手じゃないと無理ですね。三島も市川もけががちというネックがあります。でも、力はまったく問題ない。その辺をどううまく扱うかですね。うまくいけば、年俸の倍以上の働きをしてくれると思っています。それと、前所属チームであまり出場機会に恵まれず、試合に飢えている選手をリストアップしたということもあります。なので、振られるということはあまりなかったですよね。
――そういう選手こそ可能性を秘めているのかなと思うのですが。
そうだね。三島にしても、市川にしても、輪湖にしても、橋本にしても、トリートメントをしっかりしていい状態に戻せば、間違いなく活躍します。昨年の選手よりも間違いなく力は上ですね。
※後編に続く(後編は4月4日公開予定です)
(取材・構成=佐藤拓也)