「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

富樫は、いまのところ一介の大学生に過ぎない [2nd11節東京戦レビュー] 藤井雅彦 -1,731文字-

おそらくは0-0のスコアレスドローに終わるのが妥当な結末だったのだろう。互いに決定機を作れず、攻撃よりも守備の力が上回っていた。プレビュー号にて「マリノスの軸足は攻撃に移りつつある」と記したが、それが間違っていたとは思わない。事実、ボールポゼッションでは圧倒的に上回り、その中心にいたのは単独でボールキープできる齋藤学やアデミウソンだった。ただ、筆者の考えが甘かったとしたら、主導権を握りつつも決定機を作るには至らなかった点だろう。

4-3-2-1_2015 その原因を1トップの伊藤翔に擦り付けるのはとても簡単なこと。彼の能力と出来がマリノスの攻撃の完結方法を決めるのは疑いようのない事実だ。端的に言えば、なんでもないクロスボールでも1トップの選手が力を発揮すれば、それが決定機となり、ゴールに姿形を変える。FC東京のように人数を割いてブロックを作るチーム相手でも、たとえばマルキーニョスのようなストロングヘッダーはワンチャンスで結果を残す。その点でオールラウンダーの伊藤にはちょっと不向きな展開だった。

しかしながら、その足りない要素を補完するのが富樫敬真になるとは、正直言って夢にも思わなかった。同じように特別指定登録された順天堂大の新井一耀のように来季加入が内定しているわけではない。関東学院大のサッカー部に所属し、彼らはマリノスタウンで練習していた。トップチームの事情で人数が足りない場合に選抜された何人かが練習に参加する。その一人が富樫である。ユニバーシアード代表や大学選抜に選出されるような位置付けの選手ではなく、いまのところ一介の大学生に過ぎない。

当たり前の話ではあるが、現時点で富樫が伊藤を上回っているわけではない。実績も経験値もフィジカルも自信も、そして仲間からの信頼度も、あらゆる面で伊藤が上位にいる。特に最後に挙げたチームメイトからの信頼度はストライカーにとって重要な要素となる。富樫がトップチームの練習にコンスタントに参加するようになったのは8月からで、それもタイミングを見つつであった。特別指定登録されてからずっと帯同していたわけではない。少なくとも浦和レッズ戦前や天皇杯2回戦前は不在で、直近ではアルビレックス新潟戦前とFC東京戦前の2週間いただけである。

 

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東京4-4-2 そして主力組に入って練習していたわけでもない。ぶっつけ本番に驚いたのは富樫だけでなく、ピッチにいたほかの10人も同じだった。それなのに見事なクロスを合わせた中村俊輔は、やっぱりさすがである。中澤佑二が「9割5分は俊輔のゴール」と笑うのも無理はない。ストライカーにとっては大好物のようなクロスボールが上がり、富樫は余計なことを考えず頭に当てればよかったのだから。

この日のヒーローはまちがいなく富樫だ。プロの世界は結果がすべてで、ピッチに立った者は全力で周囲の期待に応えなければいけない。そこに、プロ契約しているか否かは関係ない。練習に何回参加し、練習試合でどんなパフォーマンスを見せていたかも大きな問題ではない。どんな理由だとしても、得た出場機会で何をするかがすべて。悲しいかな、それだけである。その点で、富樫のパフォーマンスは誰よりもプロだった。

もちろんこのゴールで何かが確約されるわけではない。今後も継続的に取り組まなければチームメイトは富樫を認めないだろう。伊藤はこのまま黙っているわけがない。ラフィーニャの復帰も近づいてきている。矢島卓郎や端戸仁も心中穏やかではなく、これ以上ない刺激を受け取っているはずだ。これらは富樫のワンアクションがもたらした最大の功績かもしれない。

 

 

 

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