「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

マリノスの歴史において、3年以上監督を務めた人物は岡田武史と樋口靖洋の二人しかいない(藤井雅彦) -2,143文字-[無料記事]

すでに発表されているように樋口靖洋監督の今シーズン限りでの退任が決まった。樋口監督は木村和司前体制の2010年にヘッドコーチとして招聘され、2012年には昇格人事で監督に就任。2012年はスタートダッシュに失敗したが最終的には4位まで順位を上げ、2013年は開幕6連勝と好スタートを切り、その後も優勝争いの主役を演じた上で2位と好成績を収めた。そして天皇杯でクラブに久しぶりのタイトルをもたらした。しかし、今シーズンは第31節終了時点で10位と低迷し、すべてのタイトル獲得の可能性が消えている。それらを総合的に判断し、来シーズンは指揮を執らないことが決まった。

まずはプレスリリースを見て気になった方も多いであろう『退任』というフレーズについて解説しよう。この件については、嘉悦朗社長の囲み取材の冒頭で報道陣から「解任になった理由を…」と質問され、すると嘉悦社長は「解任ではなく退任です」と間髪入れずに切り返した。通常、契約が残っている場合にクラブ側が何らかの都合で監督交代に踏み切る場合は「任を解する」、つまり解任という言葉が適切だ。一方、契約期間満了(単年契約、複数年契約のいずれの場合も)であれば解任ではなく「任を退く」、すなわち退任だ。ちなみに指揮官自らの意思で「任を辞する」、これが辞任という表現になるが、今回のケースは違う。そして嘉悦社長はあくまで『退任』であることを強調した。

実のところ、樋口監督は昨年末に2年間の複数年契約を結んでいた。ただ、この複数年契約にはコミットメント(公約の意)が設定されていた。つまり“条件付き”である。それは2014年の成績によっては単年契約として施行できるものだったという。リーグ戦の成績や各大会の成績を踏まえると、条件をクリアーできなかったとみて間違いないだろう。したがって複数年契約にもかかわらずクラブが『退任』と表現するのも過ちとは言い切れない。それを誰よりも理解しているのはほかならぬ樋口監督自身で、つい最近も「来年のことはまだわからない」と漏らしていた。

クラブは昨日、樋口監督と話し合いの場を設け、その席で来年度は新体制になることが決定された。クラブの決定を潔く聞き入れる樋口さんの姿は容易に想像できる。囲み取材では開口一番で「結果責任は監督が背負うもの。だから、あっても仕方のないこと」と清々しいコメントを発した。本当にどこまでも実直な男である。とはいえフロントと現場監督が仲良く話し合って「来年は違う監督にしましょう」と折り合うことなど100%ありえない。雇われる側の樋口監督は雇う側から決定事項を伝えられた上で、嘉悦社長や下條佳明チーム統括本部長と3年間の振り返りやマリノスの未来を語り合ったのだろう。

そして、その会話にこそマリノスの健全な未来が詰まっている。嘉悦社長は解任ではなく退任であることを主張した上で、その理由を自ら語り始めた。

「樋口さんの功績は大きかった。ヘッドコーチ時代を含めて5年間いて、監督としては3年間やっていただいた。マリノスとしてのスタイルを作ってもらった。攻守にイニシアチブを握るサッカーです。順位としても4位、2位と成果を出してくれた。スタイル構築とともに結果も出ていた」

マリノスの歴史において、3年以上監督を務めた人物は岡田武史と樋口靖洋の二人しかいない。前者はご存知のとおり2003年、2004年とリーグ連覇を成し遂げた。後者は前記したように4位、2位とリーグ戦で優勝争いを演じ、天皇杯タイトルを獲得した。3年目となる今年は順位を下げたものの、それは樋口監督だけに責任があるわけではない。少なくとも、この3年間で我々は夢を見させてもらったはずだ。

リーグ優勝こそ達成できなかったが、最後の最後まで優勝を争い、日産スタジアムには6万人を超えるお客さんが詰めかけた。その悔しさをバネに元日決勝の舞台でタイトルをもたらし、さらに今年はアジアチャンピオンズリーグに出場し、久しぶりにトリコロールがアジアの舞台に立った。こういった事象、結果こそが嘉悦社長の言葉どおり「樋口監督の功績」なのだ。

結果責任は監督が背負うものだ。だが、結果が出たときに称賛されるのは選手だけでなく監督も同じのはず。04年のリーグタイトル以降は雌伏の時を過ごしてきたクラブなのだから、その時期を脱して天皇杯タイトルをもたらしたことは特筆に値する出来事と言えよう。2014年の結果はたしかにいただけないが、3年間のすべてが色褪せるわけではない。それを認めた上でフロントは、樋口監督との健全な別れを選択した。勇気ある決断だ。

したがって、この決定は前に進むための大きな一歩である。もしかしたらクラブの歴史を大きく動かす選択になるかもしれない。樋口監督がキーワードに掲げていた『主体性』を実行したのは、意外にもマリノス側のフロントだった。同時に樋口監督には精一杯の「ありがとうございました」を送らなければいけない。この人物なしに、我々は夢を見ることはできなかった。

(つづく)

 

 

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