「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

「(栗原とは) 何をするにしても一緒にいましたね(笑) 自由奔放そうに見えるけどしっかり筋が通っています。来る者は拒まない器のデカさがあって、男らしい」 [兵藤慎剛インタビュー(後編)]

 

トリコロールを纏った男たち

【兵藤慎剛インタビュー(後編)】

インタビュー・文:藤井 雅彦

 

 

 

インタビュー後編では、兵藤慎剛がマリノスを語り尽くす。

加入を決めたきっかけ、当時のチームの雰囲気、念願のプロ初ゴール、優勝まであと一歩に迫った2013年、そしてCFGとの資本提携と、完全移籍という決断に至るまで。

あの日明かせなかった真実と、さらには“兄貴”として慕う栗原勇蔵との秘話まで、ここでしか聞けない話が盛りだくさんだ。

ご期待あれ。

 

 

 

竜二さん(河合竜二)とちょっとした小競り合いになり、練習がそこで打ち切りになるくらい険悪な雰囲気になってしまって……

 

――兵藤慎剛と横浜F・マリノスの出会いは?

「直接的な関わりは大学1年生の夏に練習参加したことです。その後、いくつかのJクラブの練習に参加させてもらいましたが、1年生の時から練習参加したのはマリノスだけでした」

 

――当時の記憶はありますか?

「やっぱり厳しさを感じましたし、2003年に優勝した直後だったこともあって、ものすごくレベルの高い集団でした。プロと練習生では立場も違って、サッカーを職業にしている人のプライドを肌で感じました。何気ないパスひとつの精度、ボール回しの本気度が違います。ウォーミングアップのロングキックが少しでもズレたら、どこからともなく舌打ちが聞こえてきそうな雰囲気というか」

 

 

 

――大学卒業時には複数クラブからオファーがあったと思います。マリノス加入の決め手は?

「最終的には浦和レッズ、柏レイソル、それとマリノスからオファーをいただきました。やっぱり大学1年生からお世話になっていたクラブというのが大きかったです。簡単には試合に出られないと思っていましたし、プロとしての壁にぶつかることも分かっていました。でも素晴らしい先輩方がいて間違いなく成長できる環境で、頑張り次第ではチャンスを掴める自信もありました。あとはJリーグ開幕戦のヴェルディとマリノスの試合が記憶に残っていて、ビッグクラブが持つ影響力は自分の中にもありました」

 

――2008年に加入しました。同期には移籍してきた小椋祥平やユースからトップチームに昇格した水沼宏太がいますが、チームの雰囲気は?

「練習生とはまったく違うプロという立場になって、本当の意味で厳しさを感じました。練習からバチバチやり合うのは普通のことでした。竜二さん(河合竜二)と球際のところで激しく戦って、ちょっとした小競り合いになったのをよく覚えています。練習がそこで打ち切りになるくらい険悪な雰囲気になってしまって……。竜二さんはキャプテンという立場ということもあって、100%でプレーする姿勢を周囲に見せないといけない部分もあったのでしょう。自分のようなルーキーに調子に乗られていてはチームの士気にも関わりますし、あえてそういった態度で示していたのだと思います。でも当時の僕にはそんなことを理解する器はなくて、ただ頭に血がのぼっていました(笑)。先輩として在るべき姿を見せてくれた竜二さんの姿勢を尊敬していますし、時間が経った今では竜二さんとの間で笑い話になっています」

 

 

 

――兵藤慎剛選手は1年目からリーグ戦28試合に出場しました。上出来だったのでは?

「運の要素も大きかったです。開幕当時はベンチに入るか入らないかという状況で、ナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)がアピールのチャンスでした。そんな時、レギュラー選手が負傷して、たまたまリーグ戦にも絡めるようになって。あとはチーム成績があまり良くなかったことも選手を入れ替える要因だったと思います」

 

――待望の初得点はシーズン終盤の第32節・ジェフユナイテッド市原・千葉戦でした。少し時間がかかった印象ですか?

「1点取るのにすごく苦労した記憶があります(笑)。惜しいシーンはたくさんあって、ポストに当たったシュートは3~4回あったと思います。そのシュートがすべて入っていたらプロキャリアでもっと点を取れていたと思いますけど、それが当時の自分の実力だったのでしょう。監督交代をきっかけに3-4-2-1の2シャドーの位置でプレーする機会が増えて、ようやく終盤のジェフ戦でゴールを決めることができました。だいぶ焦りもあったので、ホッとしたのを鮮明に覚えています」

 

 

 

 

僕の願いをファン・サポーターの方々が叶えてくれて、勝てば優勝という試合に62,632人の大観衆が詰めかけてくれた。けど……

 

――プロ2年目以降も着実にステップアップしていった印象です。

「最初の2年間は若手という立ち位置だったかもしれませんが、プロ3年目の2010年から背番号7を付けさせてもらい、勇蔵くん(栗原勇蔵)と一緒にキャプテンを務めさせてもらったのが大きな転機でした。大卒の自分は25~26歳になっていて、年齢的には若手ではなく中堅です。上と下の橋渡し役になりつつ、みんなとコミュニケーションを取り、チーム内の潤滑油になり、なおかつグループを引っ張っていく存在になりたかった。試合にも常時出させてもらっていたので、いかにチームを勝たせるかを考えていました」

 

――リズミカルな曲調と馴染みやすい歌詞のチャントが耳に残っています。

 

 

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