「角田がいたからチームが勝ったと思われるような存在になりたい。『F・マリノスといえばあいつ』と言われるような選手になりたい」[角田涼太朗インタビュー(後編)]
【角田涼太朗選手インタビューコラム(後編)】
実施日:5月5日(木・祝)
インタビュー・文:藤井 雅彦
→前編よりつづく
インタビュー後編では角田涼太朗のキャリアを振り返りつつ、パーソナリティに迫った。
甘いマスクからは想像できない強気な言葉に隠された真意とは。
これまでのサッカー人生も順風満帆とは思っていない。
「悔しさのほうが大きい」
苦しみながらも前へ進んできた道のりが、糧であり反骨心の源だ。
角田涼太朗には大切にしている言葉がある。
『悔しいと思ったらまた強くなれる』
かつてマリノスでもプレーしていた中村俊輔の言葉が、ある瞬間の心境にぴたりとハマった。
「筑波大学蹴球部を退部する際、ブログのタイトルにした言葉です。高校2年生の時から大切にしている言葉で、高校サッカー選手権の決勝戦で青森山田に0-5で大敗した時の自分をそのまま表現している言葉でした。あの悔しい経験がなければ今の自分はいません」
3歳でサッカーに出会い、すぐにのめり込んだ。生まれ育った埼玉県はサッカーが盛んで、浦和レッズという身近な存在が将来への道筋を照らしてくれた。
一心不乱にボールを蹴り続け、22歳の現在に至る時間の大部分を費やしてきた。小学生の時から地域トレセンに選ばれ、中学時代は浦和レッズのジュニアユースでプレーした。高校サッカーの強豪・前橋育英では3年次に選手権制覇を成し遂げ、筑波大学でピッチ内外から学びを得てさらに成長し、プロの扉を叩く。
歩みは順風満帆に見える。
しかし、本人の捉え方はまったく違う。
「経歴だけを切り取ったら成功していると言われるかもしれませんが、自分の中にその感覚はありません。行く先々、年代で悔しい思いをしてきました。ジュニアユースからユースに昇格できず、選手権でも2年生の時に決勝で大敗して、大学サッカーでもタイトルを獲れませんでした。成すべきことを成せていませんし、悔しさのほうが大きいです」
横浜F・マリノス加入直後も、とても苦しかった。
プロ契約締結を約半年間前倒したのは、プロの水に1日でも早く慣れ、自身の成長を促すため。それなのに試合出場はおろか、メンバー18人にも入れない日々が続く。結局、リーグ戦出場は8-0で大勝したFC東京戦での途中出場1試合のみにとどまった。
思い描いていた青写真とは大きく異なる半年間に、どんな意味と価値を見い出しているのか。
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