「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

ただの一敗ではない [ナビスコ 大宮戦 レビュー] (藤井雅彦)

 


とても残念な試合だった。大宮アルディージャ戦について樋口靖洋監督は「前半はいくつかのトライをしたが、それが結果につながらなかった」と試合後の記者会見で述べている。“いくつか”とは一体いくつなのか。大宮はコレクティブでとても良いチームだった。決して格下と言い切れる相手ではない。にもかかわらず、あまりにも多くのことを求めすぎたがゆえに、マリノスは自分たちを見失ってしまったのでないか。これまで普通に戦ってきたチームが普通を放棄し、敗れるべくして敗れた。

樋口監督のトライを洗い出していくと、まずはこれまでベンチを温める機会の多かった選手の起用がそれにあたる。失点に関与してしまったファビオはすでに実力を示している選手であり、この日も失点場面を除いて悪くないパフォーマンスを披露した。同時に個人的なミスが勝敗を左右する勝負の厳しさも味わった。彼はまだ若い。この日の失敗を今後の血肉にしなければならない。一方で今季初先発となった熊谷アンドリューは事情が異なる。前半の彼はピッチ中央付近を浮遊するばかりで存在意義を見出せなかった。リズムをつかめないままつまらないミスを冒し、さらに悪循環に陥る。メンタル的なひ弱さが顔をのぞかせ、何もできなかった。

その結果、樋口監督は後半から中村俊輔をピッチに投入する決断を下す。「できるだけ右足首を休ませたかった。勝っていたら出なかっただろうし、負けていたら出るという感じだった」と中村。本来ならば若手の奮闘ぶりをベンチから眺めているのがベストだったに違いないが、前半を終えてビハインドなのだから出場せざるをえない。負傷を抱えている選手を休ませるという指揮官の思惑は、指揮官自身の決断によって脆くも崩れた。熊谷のパフォーマンスに問題があったのは間違いない事実で、準レギュラークラスの彼はかばいきれない。まだ19歳の若手でも熊谷はこれからのマリノスを背負って立っていかなければいけない選手だ。それがあの低調なパフォーマンスではあまりにも情けない。だからといって中村を起用することも決して肯定できない判断だ。熊谷が後半から心機一転の気持ちでプレーできるようにするのが監督の努めではないのか。これは先日のFC東京戦で前半のみで交代した佐藤優平にも同様のことが言える。我慢して使い続けることで若手は試合中に立ち回りを覚えていくのだ。このようなプロセスで後半開始から交代選手を投入するのは『早めの選手交代』ではない。指揮官は2試合続けて同じ過ちを繰り返した。

さて、熊谷に代わった中村のポジションがボランチだったのも実に不思議である。「彼を入れることで、厚みのある攻撃を仕掛けていく狙いだった」と樋口監督。ビハインドを追いかける場面は2トップ+中村のボランチ起用に固執しているように見える。前線に人数をかけるという点で効果的に見えるこの形は、実はさほど効力を発揮していない。リーグ開幕戦の湘南ベルマーレ戦はこの形で勝利をもぎ取ったが、中村のボランチ起用ではなく齋藤学のドリブルと藤田祥史の頑張りが勝ち点3の原動力だった。

このチームで中村が最も生きるのは[4-2-3-1]のトップ下の位置だ。昨シーズン終盤の好調も中村のトップ下抜きには語れない。だから大宮戦でもそうすべきだったのだが、スタートから2トップで編成していることが足枷となってしまう。得点が必要な場面でマルキーニョスと藤田はいずれも交代させられないからだ。妥協案として中村を2列目に置き、兵藤慎剛をボランチへ下げるべきだった。ボランチ中村は低い位置でテクニックを見せ、ファウルを誘発してからのセットプレーでチャンスを作ったが、高い位置でフィニッシュに絡めない。原因は低い位置で起用したからにほからない。また、2トップのコンビネーションは試合全体を通して皆無に等しい。それぞれのパフォーマンスが極端に悪かったとは思わないが、両者の絡みは数えるほど。[4-2-3-1]で機能していた守備も見られず、2トップはあくまで試合終盤のオプションでしかないことを露呈した。
こうした展開の中、特別指定選手の長澤和輝の投入は76分まで待たなければならなかった。マリノスが圧倒的に押し込む時間帯ではあったが、そういった状況で彼が普段通りのパフォーマンスを発揮するのは非常に難しい。出場時間はロスタイムを入れても20分に満たない。後半開始から中村を投入し、60分には齋藤もピッチに送り込んだ。チームの勝利のために攻撃的な主力のカードを次々と切っていったわけだ。その結果、長澤にチャンスを与えるタイミングが遅くなった。

センターラインをごっそり入れ替えたチームで大宮相手にリードして前半を終えられるとでも思ったのか。だとしたら、そもそもそんな状況で長澤を投入するのが理想と考えていることが間違いだ。彼の能力を計りたいのなら、なおさらフラットな状況でピッチに送り出すべきだった。フラットとはつまり、試合開始0分の0-0の状況である。リードしていても、ビハインドでも、長澤は普通にプレーできないだろう。ただでさえ初めて立つプロのピッチで、チームに迷惑をかけられないという心理が働いてしまう。今週末に関東大学リーグが開幕するため彼がマリノスの公式戦に出場できる機会は限られている。その貴重な機会をフイにしてしまった。

そして何よりも残念なのは、ここまで公式戦全勝だったチームが初めて負けたことである。もちろんチームはいつか負けるものだ。シーズン通して負けないことなど不可能に等しい。肝要なのは負け方である。わざわざメンバーを落としたにもかかわらず、代わって起用した選手を信じきれず、休ませるはずのベテランを急きょ稼働させ、さらにはクラブが総力を上げて獲得に乗り出している特別指定選手に満足な出場機会を与えられず、試合にも負けてナビスコカップの予選リーグを混戦にしてしまった。あまりにも多くの成果を求めるあまり、結果としてマリノスは何も得られなかった。この負け方は今後の戦いに影響を及ぼす可能性がある。それは週末のリーグ戦の結果であり、今シーズン全体の成績を指し示す。

初めて喫した1敗は、ただの1敗ではない。

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