平山隆史マーケティング本部長に訊く国立4試合20万人の舞台裏、東京都に根ざす活動とは【不定期連載/FC東京クラブスタッフジャーナル #1/前編無料公開】
FC東京のビジネススタッフやアカデミースタッフの仕事ぶりに触れ、どのようにファン・サポーターやホームタウン、パートナー企業など東京に関わる人々に接し、クラブを発展させようとしているのか、その様子を知るための連載『FC東京クラブスタッフジャーナル』。FC東京の創立記念日であり都民の日である10月1日公開の第1回はピッチ外の業務を一身に請け負う平山隆史マーケティング本部長の仕事、ファン・サポーターに伝えたい想いに迫った。
◆東京都との連携も進む
マーケティング本部はファンとのエンゲージメント(関係性)を高めるCRM、商品の企画制作販売によって利益を得るマーチャンダイジング、幅広い層の興味関心を喚起する広報プロモーション、地域に根ざしてクラブの価値を高めるエリアプロモーション、以上4つのセクションからなっていて、平山さんはこれらを束ねる立場にある。ピッチ内が強化部やコーチングスタッフ、選手などトップチームの人々の担当分野だとすると、端的には、平山さんらの担当はピッチ外ということになる。
4-1で勝利を収め、国立競技場に5万5896人を集めたJ1第30節名古屋グランパス戦は、ピッチ内もピッチ外も結果を出し、マーケティング本部のビジネススタッフにとっても手応えのある試合だったはず。実際、名古屋戦の5万人超えは東京にとって特別な意味があった。
「今シーズンは国立開催の4試合をトータルでプロジェクト化していて、4試合合計で20万人を動員しようと動いていました。新潟戦までを終えた時点で15万9662人、あと4万1000人ぐらい名古屋戦で来場してもらえれば目標の20万人を達成という状況になっていましたけれども、ここでもう一度5万人を集めることが大事なんだということをもう一度全体に伝えて。新潟戦が終わった直後の7月頃から、集客の施策であるとかそういったものの積み上げをやり直し始めた。その意味ではプロジェクトメンバーの頑張りがちゃんと伝わっての5万5896人だったと思っています」
「国立競技場開催の試合に関しては、初めてサッカー観戦する人をどうやって呼ぶかというところはかなり注力をしてやっています」と、平山さん。固定のファン層に加えてより幅広い層を集めるべくクラブ全体として意図して盛り上がりを設計、マーケティング本部内のセクションである広報プロモーション部からの発信によってなしえた動員数だった。
味の素スタジアムの試合が日常に密着したものだとすると、国立の試合はその合間、合間にやってくる特別な試合という位置づけになる。
「お祭りですかね、一番近いのは。本来は競技のところ、ピッチ内のことはコントロール出来ないのであまり勝つことばかりを強調しないんですが、国立に関しては無敗を継続中なのでそれを打ち出すことが出来ていました。プロモーションのところはフットボールを前面に押し出しつつ、プラス、こういうエンタメ要素もあるよ、という見せ方をなるべくするようにしていました」
日本全体の幅広い層に共通してわかりやすいアイコンは長友佑都。サッカー好きであれば、長友を見に行こうか──という観戦のための動機が成り立つが、サッカーとの接点が少ない一般層を呼ぶには、もう一押しが欲しいところ。そのフックを出来るだけ多く仕掛けていくことが平山さんたちの仕事になる。スタジアムグルメを充実させる、花火やドローンを用いた演出をおこなうといった工夫に連なるもののひとつがゲストの招聘だ。
7月13日の第23節アルビレックス新潟戦では木村カエラさんを招聘。今回は平山さんが東京都出身のアーティストリストの中からピンポイントで選び、この日のために交渉に当たっていた。券売ではほぼクラブレコードの観客動員数達成が見えてきている状況で、最後の一押しとして着券につながるプラスアルファ感を醸し出し、5万7885人の記録につなげた。浦和戦のFRUITS ZIPPER、名古屋戦の=LOVEに関してはパートナー企業の協力によるもの。国立の試合を盛り上げようとパートナー企業が支える体制になっていることも、国立のお祭り感を絶えさせない背景にあるようだ。
東京ガスサッカー部から出発し、東京都全体をホームタウンとする首都のクラブになっていく過程では、国立競技場の試合は、FC東京が東京を背負うものという姿勢を示すショーウインドウ的な機能を果たしていると言ってもいい。その派手で、目に付く催しに対し、地道に東京都との連携を進めている実態がある。
これまでにも各自治体と様々な取り組みをおこなってきていたFC東京は、2023年に東京都とワイドコラボ協定を締結した。東京都とFC東京でスポーツの協定を結ぼうとしていたところ、これまでの都との連携実績を評価され、スポーツの分野に限らず様々な政策との連携協力をおこなうワイドコラボのほうがいいだろうという東京都からの提案を受けてシフト。名だたる大企業とともに、腰を据えて長期的に連携していく対象に認められたという経緯があり、都の様々な局からの依頼を受け、ホームゲームはもちろん、選手や東京ドロンパも使ってのPRを中心に協力をしてきている。「Jリーグクラブを介することで社会課題を解決していこうとする“シャレン!”に近い考えで、東京都が都民に向けて発信をする際の仲介者としてクラブが機能するようになってきているということが、ここ2年の成果なのかなと思います」と、平山さん。株主である6市を大切にした上で、ホームタウンである東京都全体との施策を増やしていこうというスタンスであるようだ。
個別の事例ではスタジアムで流す「やさしい日本語」普及啓発動画への外国籍選手の出演、ホームゲームへのウクライナからの避難者招待など、フットボールが世界共通の言語、娯楽であることを意識した取り組みも多い。トップチームの興行はもちろん試合がメインではあるが、そこに多くのものが付随して成り立っていることがわかる。
◆若い層のファンを増やす
マーケティングの立場ではマクロの視点とミクロの視点の両方が欠かせない。これまで応援してくれているファンとの関係を構築しながら、のちの世代のファンを増やしていくことも並行しておこなっていく必要がある。
「ファンコミュニケーションの部分で言うと、若い層のファンを増やさなきゃいけないということがクラブのヴィジョンとして出ています。それは地方クラブではなくて、絶対に東京がやらなきゃいけない。若年層の人口が増えている地域は本当に少ないので。たとえばファミリーをターゲットにしようとなった時も、東京ならヤングファミリーをターゲットにしていかないと、Jリーグ全体のファン層は縮小していってしまう危機感が強くあります。世の中が多様化していくなかで、それぞれにカスタマイズした幅広い施策を仕掛けるにはリソースに限界がありますが、東京はターゲットをヤングアクティヴ、ヤングファミリーというところにある程度絞ってやっていかなきゃいけない。そういった層をどうやってFC東京ファンにしていくのか、スタジアムに来させるのかというのが、マーケティング本部だけでなくクラブ全体で考えていることです。
とは言っても、既存のファン・サポーターを大切にすることも当たり前のこととして考えていて。これまで応援してきてくれているファン・サポーターの人たちを入れ替えたいのではなく、ちゃんと歴史を積み上げてくれている人たちの上に、新しい人たちを招き入れていきたい。そこはどちらか一方にならずにコミュニケーションをとりたくて、両方に対してチャレンジをしているというのが苦しんでいるところでもあるんですよね。
10年前に比べたら、いろいろな意味で各個人にカスタマイズしたファンサービスというかコミュニケーションが出来ていると思うんですよ。その上で、新しいファン層、新規層を獲得していくための施策を出来るだけ効率よく進めていきたいんですけど、効率を求めすぎると、それこそ花火とかゲストとかそういったものだけが強調されてしまう。でも、FC東京というクラブを楽しんでもらうためには、そうならないようにしなきゃいけなくて、ちゃんとフットボールの魅力を継続して伝え続けなければならないんです。チームが勝てないと、マーケティングや演出にばかりお金を使うな!みたいなSNSでの投稿を見かけますが、実際にはかなり限られた予算のなかで、新しい層にもまずはちゃんとサッカーを届けようというマーケティング活動をやっている」
過渡期に当たる現在、ファン・サポーターとの関係をどう築いていくかはクラブにとって重要な課題であり、平山さんももっとも傾注しているところ。後編ではその部分を、さらに深く掘っていく。
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