【無料記事】【新東京書簡】第二十信『置き文』海江田(2017/6/14)

今年、38歳を迎えた橋本英郎。これぞベテランという仕事を見せつけております。
第二十信 置き文
■コントロールできる範囲はきれいに
大変だったね、後藤さん。痛みで悶絶しているときに医者から言われる、「いくらでも悪いことは考えられる」。聞きたくないよ、これは。問答無用、容赦のないリアリズムに戦慄を覚える。おれがそばにいたら、「後半始まってすぐ、伊東純也に追加点決められたよ!」って別の角度からダメージを与え、気を紛らわせてやれたのに。
後藤さんの事件が頭にあったせいだろう。先日、『タグマ!』運営事務局の村田要さんと打ち合わせの際、自分が死んだあとのことを話題にした。近年、主にSNS関係で、ネット上に残る足跡が社会問題になっている。コントロールできる範囲はきれいにしたい。おれが村田さんに伝えた希望は次のふたつ。
(1)死後、翌月までの購読料は見送り代としていただく。全額、妻にやってほしい
月末に死んだケースを考えた。あらためて記事を読み直してくれる人や、どんなヤツだったんだとのぞきにくる人がいることを想定。
(2)訪ねてきたライターにSBGを丸ごと譲渡
おかげさまで、WEBマガジン開設以来、読者数はずっと右肩上がりで、『タグマ!』のプラットフォーム使用料や経費等を差っ引いても、若いライターが生活していけるだけの読者がついている。故人はどうしても美化されるから文句を言われるだろうが、それでも応援はしてくれると思う。気にせず、好きなようにやればいい。条件は、読者であることのみ。なお、カメラ機材一式も贈呈。無駄に場所を取る防湿庫も付けちゃう。いずれ、おれは誰かと一緒に仕事をし、『ライター海江田哲朗のWEBマガジン』というサブタイトルも取りたい希望を持っているが、受け渡しの作業ができなかった場合に備えて。
そのほかの関連事項は、以下の原稿で触れたことがある。ご参考まで。
【無料記事】【フットボール・ブレス・ユー】第15回 大河の一滴(2016/12/22)
https://www2.targma.jp/standbygreen/2016/12/22/post7637/
季刊レポ/ヒビレポ『買ったなら読め!』第5回
http://www.repo-zine.com/archives/11460
季刊レポ/ヒビレポ『買ったなら読め!』第6回
http://www.repo-zine.com/archives/11561
■秋の季節
昨夜、ロシアワールドカップ・アジア最終予選、イラク対日本。1‐1のドロー決着で、日本は次のオーストラリア戦に勝てばW杯出場が決まる。
イラク戦の残り15分、おれは本田圭佑のプレーを見て、久しぶりに心が震えた。激しく消耗し、苦しい時間だからこそ、丁寧かつ正確にプレーすること。ファールを誘う巧妙さ。全力でディフェンスに戻る献身性。ラストチャンスの場面、シュートを打てるポジションを取っている抜け目なさ。
ボールを持ったときの動きはもっさりしていて、往年の力強さ、シャープさはない。終了間際のシュートは、勢いのあった頃の本田ならネットに突き刺していただろう。選手として、秋の季節に入っている。だが、ここぞというときに見せる輝きは、特別な選手のそれだ。
現在の東京ヴェルディでは、橋本英郎がベテランの味を感じさせる。J2第18節の名古屋グランパス戦、橋本は途中出場し、ドウグラス・ヴィエイラの決勝ゴールをアシストした。自身がピッチに立つ前後、一気に流れを引き寄せられたことについて報道陣から訊かれ、「正直、よくわかりません。最近、自分が指示を受けている間にゴールが入ることが多い。勝手にそうなっちゃうんですよねえ」と一切偉ぶらない。自分もこうありたいものだと思う。
年齢による衰えは、ある。
「いままでだったら通っているパスが通らない。あれはなんだろうなあ。感覚の微妙なズレがある。たぶん、フタ(二川孝広)も同じようなことを感じていると思います」(橋本)
変化を自覚しながらも、積み重ねてきた経験や技術を勝負どころの一点に集中させる。キャリアの晩年に差しかかってなお力を必要とされる、選ばれしプレーヤーの価値だ。
つらつら書きつづっていたら、学生時代、自主映画をやっていたときの記憶が唐突に立ち上がってきた。
根津のあたりでロケをしていたときのこと。撮影の合間、近所に住んでいるじいさんが話しかけてきて、やべえ、苦情を言われるのかと身構えたら、自分の機材をやるからあとで受け取りにこいという。古びた木造アパート、独居老人の侘しさを感じさせる部屋だった。押し入れから出された8ミリフィルムの映写機やカメラは、総額100万円は下らない一級品ばかりだった。当時、すでに8ミリはすっかり廃れていたが、中古カメラ屋に持ち込めば幾ばくかの金にはなったはずだ。
あのときは、どうしておれたちに譲り渡したかったのか、ヘンなのといぶかしげに思ったが、いまの自分ならその気持ちがちょっとだけわかる。この世の大事なことは贈与の関係で成り立っており、自分も年上の人から仕事の作法や生き方を教わってきた。誰かの役に立つというのは、孤独から少しでも救われることなんだ。
『スタンド・バイ・グリーン』海江田哲朗
(了)