「栃木フットボールマガジン」鈴木康浩

【無料記事】【PLAYERS Column】栃木SC 懸命にリハビリに励む坂田良太のメッセージ。

ケガから半年、一歩一歩着実に前進する日々

全体練習が終わる前にはグラウンドの片隅に姿を現して、身体をゆっくりと動かし、選手たちがいなくなったあとのピッチでトレーナーとともにボールを蹴り始める。一本一本、確かめるように、大事に蹴り込むように。

 

それが今のルーティーンだ。

 

「今はジョギングと軽くボールを蹴ることはできています。先生のOKが出れば、11月から切り返しとダッシュができるようになります。まだまだ一個一個、段階を踏んでいる状況です。思いっきりできるのは年を越してから。来年になってからです」

 

5月7日、第7節ギラヴァンツ北九州戦の75分、相手GKと激しく衝突した坂田良太の右膝は身体ごと吹き飛ばされた。

右膝前十字靭帯断裂、右膝後十字靭帯断裂、右膝内側側副靱帯断裂。全治は12ヵ月。

Jリーガーとして前例がないほど大きなケガだった。

 

あれから半年が経過した。

坂田良太が懸命なリハビリを続けるなか、チームはシーズンの最終盤に突入している。

 

「この大事な時期にきて自分には何もできない、プレーで貢献できない歯痒さは増しています。ただ、そうはいってもしょうがない。自分のやれることを一生懸命にやろう。今はそういう毎日です」

 

手術後4ヵ月が経過したとき、あのときの映像と写真をみせてもらった。正直、見るのが怖かった。

 

「ケガに踏ん切りをつけようと思ったんです。自分のケガに対して、いつかは向き合わないといけない。見なくてもいいのかもしれないけど、でも見ておきたかった」

 

見た瞬間、こうして歩いているのは奇跡だな、医療の進歩はすごいな、と思った。

 

あの瞬間のことは今でもはっきりと覚えている。

右膝に激痛は走っていたが、曲がってしまった自分の足を直視しながら、もうサッカーはできないかな……、そう思えるだけの冷静さがあった。

 

「あとでトレーナーさんから『よく気絶をしなかったね』と言われたんです。『普通だったら、足の痛みと膝の状況を直視すれば気絶しているよ』って。それくらいのケガだったと思いますが、あのときは肉体的な痛みは大したことはなくて、もうサッカーができないんじゃないか、そういう心の痛みの方が大きかった。あのとき、後援会の方やトレーナーさんが抱えるように足を持ってピッチから僕のことを運び出してくれたとき、助かった、ありがたい、そう思ったのを覚えています」

 

緊急搬送された栃木の病院では「ここでは手に負えないから東京の病院を紹介します」と言われた。その東京の病院は、去年まで栃木SCに在籍していた佐藤司トレーナー(現モンテディオ山形)が紹介してくれたものだった。坂田の大事を知り、すぐに連絡を取り合ってくれたという。あとで伝え聞いた病床の坂田は、色々な人たちが動いてくれたおかげで今があるんだ、そんな感謝を噛みしめていた。

 

診断は全治12ヵ月。普通にボールを蹴っていた毎日が突如として奪い取られ、突きつけられた現実だった。

 

「最初は落ちこんだし、苦しい日々が続きました。でも、たくさんの支えてくれた人たちに恩返しするためにも必ず復帰したい。それが僕の使命だと思っています。それに、サッカー界でこれだけの大ケガの前例がないのならば、僕が復帰すれば初めてのケースになるということです。僕にしかこの経験は味わえないんです。前十字靭帯や内側靭帯などの大ケガを負った選手たちにも、それ以上の大ケガを負った選手がピッチに復帰したという前例があれば勇気を与えることができる。僕は大ケガを負った人たちのためにも、パイオニアになりたいと思えるようになったんです」

 

リハビリのために国立科学スポーツセンター(JISS)を訪れたときのことだ。

 

「そこには僕なんかよりも酷いケガを負った選手たちが懸命に頑張っている姿があったんです。そういう選手たちを目の当たりにすると、僕はたかだが手術を二回、膝の靭帯が3本切れただけじゃないか、そう思えるんです。だから、僕もそういう存在になりたい。何か苦しいときには僕のことを思ってほしい。これだけのケガをした人間が苦しい思いをしながらもどうにか頑張っている。それが苦しい思いをしている人たちの気持ちの支えになればいい。今は、そういう気持ちで前を向いていられます」

 

坂田良太が大ケガから回復の一途をたどり、秋も深まった今シーズンも残りは3試合。J3の優勝と昇格争いは、上位3チームが勝点3差にひしめく大混戦となった。激しい昇格戦線の、息苦しい、メンタル的にも消耗する日々のなかで選手たちが懸命にもがいている。坂田がいう。

 

「今の僕にもメンタル的に苦しいときがあるし、リハビリを休みたいと思ってしまうときも正直あるんです。でも、そういうときにみんなが懸命に頑張っている姿が励みになっている。僕のモチベーションになっているんです。だから僕も、今の自分にできることを精一杯やってチームに何とか貢献したい。そして選手たちの頑張りを信じてあげたい」

 

いま、ピッチ脇で懸命に奮闘している坂田良太の姿は、きっと仲間たちを勇気づけているに違いない。

サッカーをやりたくてもやれずに苦しんでいる仲間がいる――。

残り3試合、この昇格戦線の土壇場で、坂田良太が栃木SCの心の支えになる。

 

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栃木SCの現役選手のみならず、ときにはOBを探訪してかつてを懐かしんだり、栃木SCの周辺で活躍する人目線で栃木SCを語り合ったり、はたまた栃木SC以外の栃木のフットボールシーンや他競技をのぞき込んだりしながら、色々な感情がふつふつと沸き上がるようなWEBマガジンにしたいと思っていますので、ぜひご購読くださいませ。

 

書いている人は?

●鈴木康浩(すずき・やすひろ)
ライター・編集者。1978年、栃木県宇都宮市出身、法政大学卒業後、作家事務所で下積みしその後フリーに。栃木SCを軸に地方クラブの趨勢とそれにまつわる人々を追う。主な寄稿先に『フットボール批評』など。著書に日本サッカー屈指の守備マイスター松田浩氏との共著『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』『詳しいことはわかりませんが、サッカーの守り方を教えてください』(いずれもカンゼン)がある。2015年12月に『栃木フットボールマガジン』をスタートし、栃木SCのグラウンドに通う日々を過ごしている。2025シーズンで栃木SC取材歴は21年目に突入した。

 

■J論でのインタビュー
「この仕事は小さな仕事を決して疎かにせず、そこに自分のすべてを懸けてできるか。それ以上でもそれ以下でもありません」鈴木康浩【オレたちのライター道】

 

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