「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【この人を見よ!】vol.56 稀代のヒーロー ~FW9 染野唯月~(24.10.4)

2023年12月2日、国立競技場。東京ヴェルディを16年ぶりのJ1に導く、染野唯月のゴールはいまも記憶に鮮やかだ。クラブの歴史に燦然と輝く英雄のひとりとなった。
今季、鹿島アントラーズから3回目の期限付き移籍で東京Vの主軸を担い、6ゴール1アシストをマーク。J1第8節のFC東京戦では、東京ダービー史上、最も美しいボレーシュートを突き刺した。
フィニッシュの巧さのみならず、攻撃の組み立てからラストパスまで幅広い仕事を担えるアタッカーだ。そしていま、染野はストライカーとしてさらにスケールアップすべく、もがいている。

■ただ、蹴るだけのこと

かれこれ5、6年前になるだろうか。僕がその選手について初めて話をしたのは、近所のヘアサロンで髪を切ってもらっているときだった。

「染野っていうヤツがいるんですよ。2年生で選手権の得点王になったストライカー」

美容師が言った。彼は福島県郡山市の尚志高校の出身で、サッカー部を率いることになった仲村浩二監督が集めた第1期生のひとりだった。現在は全国レベルの強豪校のひとつに数えられるが、当時は無名。新入生はとにかく腕が立つのが条件で、ワルというほどではないが、ずいぶんと腕白なチームメイトが揃っていたらしい。

「ネットでちらっとハイライトを見た憶えはあります。年代別代表にも入ってますね」

「そうそう、卒業後は中学時代を過ごした鹿島に入るみたいで」

互いに詳しいことは知らず、ぼんやりしたイメージを浮かべて話すばかりでそれ以上は進展しなかった。

「ビッグになってほしいなあ。がんばれ、後輩」美容師は言って、ハサミをシザーケースに戻す。

「楽しみですね」僕はお愛想を言っただけである。十代の有望株はそこら中に転がっており、完全に他人事だった。

まさか数年後に東京ヴェルディのシャツを着て、クラブの歴史に名を刻む選手になろうとは1ミリも思っていなかった。

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