「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【トピックス】【お知らせ】チャレンジ企画スタート! 新連載『新米サッカーコーチの日常』(20.4.12)

指導者への道を歩み始めた中根玄暉。東京ヴェルディユース98年組で、同期に渡辺皓太(横浜F・マリノス)、大久保智明(浦和レッズ内定)、深澤大輝(東京V内定)、松本幹太(モンテディオ山形内定)などがいる。

指導者への道を歩み始めた中根玄暉。東京ヴェルディユース98年組で、同期に渡辺皓太(横浜F・マリノス)、大久保智明(浦和レッズ内定)、深澤大輝(東京V内定)、松本幹太(モンテディオ山形内定)などがいる。

■自ら発見し、整理し、適時アクセスできる頭の地図

はじまりは、1本の電話だった。

スケジュールが真っ白の4月の声を聞き、以前、東京ヴェルディのアカデミーで指導していた齋藤芳行さんから久しぶりに連絡があった。読売クラブの同期である都並敏史さんとつながりが深く、ブリオベッカ浦安(関東サッカーリーグ1部)を長く支えた指導者のひとりだ。

「ヴェルディ時代の教え子に、中根玄暉という若いのがいる。今年、東京農業大の4年生でね。選手としてやっていくのは難しいと本人が判断し、今後は指導者になりたいと修行中の身なんです」

名前には聞き覚えがあった。東京Vユースで渡辺皓太(横浜F・マリノス)と同世代の選手だ。

「指導者にとって言葉の使い方は重要だから、何か勉強する機会を与えたい。午後からはスクールや学校でコーチの仕事があるけど、午前はがら空きなんですよ。その時間を有効に活用するために、出版業界やメディア関係で使ってもらえないか。目的は社会経験と言葉について学びを得ることだから、必ずしもサッカーの仕事でなくてもいいし、雑用でもなんでも構わない。実家暮らしで、生活がひっ迫しているわけでもない。自分は将来の見込みがあると思っている」

というのが、齋藤さんの用向きである。

正直、僕は困った。どこかの媒体に紹介するにしても、稼働できるのが午前だけでは使いものにならない。そのうえ未経験者で、本業はあくまでサッカーの現場である。この業界に、そういうよくわからないのを面白がって育てる余裕があったのは、四半世紀以上も昔の話だ。

その場で断ることも考えたが、一旦、話を預かることにする。一度会ってみてから決めても遅くはない。

後日、僕の指定した稲田堤駅近くのバーミヤンに、中根はスーツ姿で現れた。着席し、緊張の面持ちでバインダーを開く。考えをまとめたメモ書きが見えた。齋藤さんからちゃんとやれよと、きつく言われているのだろう。面接みたいだなあとのんきに思ったが、そんなふうにかしこまって接せられるほど、こちらはご大層な身分ではない。

とりあえず、ランチを食べながら中根の話に耳を傾けた。なぜ選手としての自分に見切りをつけたのか。指導者を目指そうと思い立った理由。いくつか質問をしながら用意してきたものをひと通り聞き、次に、申し訳ないけど、あんまり力になれそうもないんだと話した。

ただ、頭のなかにうすぼんやりとしたアイデアがあり、それをひとつの手段として提案することにした。

言葉を磨きたいなら、まずは自分で書いてみるのが手っ取り早い。これまでのサッカー人生で、中根はたくさんの言葉を受け取っているはずで、書くことによって自ら発見し、整理し、適時アクセスできる頭の地図をつくれる。

その道に足を踏み入れたばかりの青くさい指導論なんて誰も興味がないから、できるだけ現場の臨場感や体温が感じられるものがいい。そこで、日記形式の連載をやってみないか、と。

人の目にさらされることを前提とするため、言葉選びは熟慮するだろう。新人だから失敗があるのは当たり前で、ダメな自分にも否応なく直面する。未熟であること、その恥ずかしさをどのように扱えるか。

この提案は義理や思いやりで場を提供するというものではなく、僕のほうにも勝算があった。社会に出る前の揺らぎの期間は誰もが経験している。ある種の普遍性を持ち、ピッチ内だけではなく、ひとりの若者の生活や生き方が見えてくれば面白い転がり方をするかもしれない。

また、SBGは、プロでの成功に限らずアカデミー出身者を応援したいという読者を多く抱える。その媒体の特性も味方した。幸か不幸か、新型コロナウイルス禍でJリーグは中断中で、新しいことを思いきってやれる好機だ。

原稿料と5月までの試用期間(ビタイチ面白くなかったら、当然打ち切りだ)を提示すると、「やらせてほしい」と中根はきっぱり言った。

第1回は15日を予定している。お楽しみに!

 

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