「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗

【無料記事】【トピックス】検証ルポ『2019シーズン 緑の轍』序章(19.12.13)

2019シーズン、東京ヴェルディは勝点55(14勝13分15敗、得点59失点59得失点0)の13位に終わった。J1参入プレーオフに挑んだ過去2年とは打って変わって、昇格争いを遠くに見やり、長く中位を漂うシーズンとなった。
1年を俯瞰して見れば、盛り上がりを欠いた印象は否めない。かみ合わない歯車、監督交代、伸び悩む勝点。が、状況がなかなか好転しないなか、それぞれの懸命な戦いがあった。監督や選手の証言をもとにシーズンを振り返り、来季に向けてプラスしていける要素を見つけていきたい。

 序章 未完結なものを含みながら

ざっざっと地を蹴る音、荒い息遣いを残して緑の一団が走り抜ける。横を通りすぎるたび、ふわっと風が舞った。

11月24日、J2最終節を終え、やがてチームのトレーニングは若手中心に切り替わった。

新しいシーズンが早くもスタートしたかのような、連日、ハードなフィジカルトレーニングだ。体力テストを兼ねるシャトルランでは、新井瑞希がトップ。クーパー走では梶川諒太が最長距離をマークしている。両方とも2位だったのが山本理仁(シャトルランは小池純輝と同記録)。「持久走は、けっこういけるんですよ」と笑う。12月12日、山本は18歳になった。

ただ、前だけを見て、はつらつとしている彼らと間近に接し、その生命力の強さに僕は圧倒されそうになる。いいなあ、がんばれよと心で呼びかけ、眩しさに目を遊ばせる一方、かすかに胸のうずきを覚えた。

数日後、僕はある新聞記事に目を留め、その正体らしきものに触れた気がした。

『迫り来る死、42歳哲学者の思索 未完な私を引き継いで』(12月8日付、朝日新聞デジタル版)。今年7月、福岡大学の准教授だった宮野真生子さんが42歳でこの世を去った。宮野さんが死の間際まで手紙を交わしていたのが、国際医療福祉大大学院准教授で、医療人類学を専門とする磯野真穂さんである。

以下、往復書簡で宮野さんが綴っていた部分を記事から引用する。

「『いつ死んでも悔いがないように』という言葉に欺瞞(ぎまん)を感じる」

「死という行き先が確実だからといって、その未来だけから今を照らすようなやり方は、そのつどに変化する可能性を見落とし、未来をまるっと見ることの大切さを忘れてしまう」

ベッドに身を横たえる日々を過ごしながら、宮野さんは「生」に目を向けることをやめない。

「まだ明日という時間があるのなら、私はそこで出会う人びとと今向き合って、新しく起こる何かを信じたい。そうやって未完結なものをどんどん含みながら進んでゆくことが生きていくということだと思うから。そして、最後に残った未完結な私の生を誰かが引き継いでくれれば嬉(うれ)しいなと思うから」

宮野さんと磯野さんの共著『急に具合が悪くなる』は、9月に晶文社から出版された。

サッカークラブもまた、未完結なものだらけで転がってゆく。若い選手のキャリアはもちろん、チームの在り方、クラブの発展、何ひとつ完結することはない。「自分がいるうちに、形になる何かをチームに残したい」と語っていた田村直也も、思いを遂げることなくスパイクを脱いだ。

映画のように伏線が鮮やかに回収されていくことはめったにない。現実は、ほとんどが途切れたまま、宙に漂うだけだ。そもそも、完結とは何を指すのか。当面の目標を達成しても、その先は無限に広がっている。満ち足りないものを抱えながら、これからも歩んでいくのだろう。僕も、たぶんこれを読んでいるあなたも。

肯定的に捉えれば、永遠に完結しないからこその面白さと言える。すべてが断片に過ぎないが、すべてがかけがえのない価値を持つ。ボールと隣り合わせの営みそのものに価値がある。

 

(検証ルポ『2019シーズン 緑の轍』序章、了)

 

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