【インタビュー・後編】加藤 恒平選手(ポドベスキジェ/ポーランド→ベロエ/ブルガリア)/『どんなに苦しい状況でも、みなさんのポジティブな声援が続いていたからこそ、いまの町田があるのだと思います』
2012シーズンにFC町田ゼルビアでプレーした加藤恒平は、2013年の夏に海を渡り、3シーズンを欧州で戦ってきた。2015/2016シーズンでプレーした国はポーランド。アンカーのポジションでレギュラーをつかみ、コンスタントにプレーする過程で、26歳のMFに映っていた“景色”とは。ポーランドでの1年を『町田日和』の独占インタビュー(前編・後編)で振り返る。
▼難しい言語・ポーランド語への挑戦
——ポーランドの国民性について、聞かせてください。
「日本人に近い部分があるかもしれません。仲良くなるとすごく優しいのですが、知り合ってから最初のうちは、表面上はあまり関心を示さず、仲良くなるとすごくフレンドリーになります。国としては治安も良いし、街もきれいです。タクシーの料金も安い。食べ物ではお肉やフルーツ類は安かったですね。食事は基本的には自炊です。サラダと魚とご飯、汁物、そしてフルーツも食べるようにしていました。ポーランドはスープがおいしいですね。前泊の食事ではパスタやライスがなくても、芋類の料理が出ていました。魚はあまり食べないという印象が残っています」
ーー主要言語であるポーランド語は、どの程度話せるようになったのですか?
「ポーランド語は日常会話が少しできる程度です。買い物などは大丈夫です。ただポーランドは英語を話せる割合がモンテネグロよりも高いですし、選手も監督も英語を話せるので、自然と英語での会話が多くなります。でも、僕はできるだけ現地の言葉で話したいので、勉強はしていましたが、難しかったですね。ポーランド語はロシア語に近いみたいです。でもポーランドの人に聞くと、(ポーランド語は)世界で一番難しい言語とも言われているから、勉強しても難しいよと言われていました」
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