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「『プレーヤーとして、人間として、幅を広げるために』。イングランドで奮闘する、水戸ユースOB手塚文登。その経緯と現状について話を聞いた」(前編)【インタビュー】※無料公開

昨年10月、1本のツイートを発見した。
「我々は手塚文登と契約した」
それはイングランドのワージング・ユナイテッドFCのアカウントであり、そこには水戸ユースのユニフォームを着てプレーをしている手塚文登選手の写真が掲出されていた。
水戸ユースから大学に進学した手塚選手がなぜ卒業を待たずにイングランドに向かったのか。
また、どうやってイングランドのチームと契約をしたのか。
ビザの更新で帰国した手塚選手に話を聞いた。

Q.まずはこれまでの経緯を教えてください。水戸ユースを卒業した後、専修大学に進みますが、そこからなぜイングランドに行くことになったのでしょうか?
「大学2年の夏に膝のけがをしてしまって、そこから9カ月ぐらいプレーできない時間がありました。その間に自分のサッカーに対する考え方とか、サッカーから離れて分かるものや見えるものがありました。何のためにこのチームでサッカーをしているのかということを考えはじめるようになりました。選手間でもサッカーに対する温度差がありましたし、コーチングスタッフとの関係もよくなかった。僕はプロを目指して頑張っていたのですが、このままではプロになれないという思いが強くなりました。そして、復帰して1か月後にまた同じけがをしてしまったんです。その時にコーチから辛辣な言葉をかけられて、心の糸が切れてしまいました。サッカー部を辞めることを決めたんです。それが22年5月のことでした」

Q.そこからどういう行動を取ったのでしょうか?
「サッカー部をやめて1か月ぐらいの期間でいろいろ考えて、もっとサッカーを学びたいと思うようになりました。プレーヤーとして成長するためにサッカーを学びたいと思い、そこで頭に浮かんだのがイングランドフットボールでした。元々興味はあったんですけど、本格的にプレーしたいと思うようになったんです」

Q.「学ぶ」とはどういうことを指していますか?
「選手としての幅を広げること。幼稚園からサッカーを続けていて、プレーすればするほど、サッカーの奥深さを知ることができました。そんな中で、様々な経験、(見たこと、やったこと,感じたこと)全てが意識的に、はたまた無意識的にプレーに現れることを実感していました。昨年のワールドカップを見ても経験値というものは何にも変えられないし、良くも悪くもプレーや結果に作用するのだと分かったと思います。今の自分にはもっと様々な経験値が必要なのだと考えたときに、誰もが経験できるものではない世界トップのイングランドフットボールに触れることで、選手としての幅を広げることができると思ったんです。まずはプレーヤーとしての幅を広げようと思いました。更に、プレーヤー以外の視点からイングランドフットボールに関わることで、プレーヤーとしての幅を広げることに繋がると思いました」

Q.日本の大学サッカーにいたら、それ以外の世界をなかなか知ることができないですからね。
「そうなんです。もっと違う側面からサッカーを見てみたくなったんです。実際、日本の一大学生が学びたいと思うぐらい、イングランドフットボールには魅力があるんです。そこでプレーできたら、さらに広がると思ったので、決断しました」

Q.でも、イングランドでプレーしたいからといってプレーできるほど、簡単なことではないですよね。どういう行動をとったのでしょうか?
「まずは小学生時代のお世話になった指導者の方に連絡をして、海外に行きたいという話をしました。その指導者はスペインでコーチをしていた過去がある方なので、海外のサッカー事情に精通しているんです。最初はエージェントや専門の会社にお願いしていこうと思ったんですけど、その指導者から『お願いしなくても行けるし、お願いせずに自分で探した方がいい経験になる』と言っていただきました。その言葉を頼りに、自分の力でイングランドに行くことを決心しました」

Q.まだ専修大学在学中ですよね。学校は大丈夫なのでしょうか?
「僕の大学は、9割対面授業、1割オンライン授業に編成されていたので、1割の中からうまく履修を組みました。オンライン授業はイングランドにいても受けることができるので、休学もすることなく、単位を取ることができました。4年間でしっかり卒業できる予定です。
高いお金を払っていただきながら大学に行かせてもらっているので、この自分勝手な決断から生まれた留学の費用は自分で貯めたお金で行こうと思っていました。多少お小遣いをいただきましたが、金銭面においても自分の力だけで行こうと思ったのです。全て自分の力で調べて行動すれば節約できる部分もあります。エージェントや会社にも頼っていないですし。それに、普段からあまり遊ぶタイプではなかったので貯金はありました。使うときが来たなと思い、コツコツ貯めてきた全財産をこの留学に全投資しています。姉には借金もしていますが…」

Q.言葉の問題はなかったのでしょうか?
「小さい頃にネイティブな方の英会話に数年間通っていたことがあったので、中学高校の英語の成績はよかったんです。でも、会話となると難しいものがあったので、決断してすぐにオンライン英会話をはじめました。僕はイングランドで語学学校に通っていないんですよ。今もオンライン英会話を続けています。あくまで僕がイングランドに来た理由はサッカーをするためで、英語を学ぶためではありません。なので、語学学校に通う時間がもったいないと思いました。日常生活から英語は学べると思ったし、チームメイトと話すことで向上させることはできると思いました。語学学校って、みんなが英語を学びに来ているわけで、クラスメイトとも英語で話さないんですよね。僕の場合、友達作りが目的ではないんです。学校は先生1人に対して、生徒が何人かという感じですけど、オンライン英会話は1対1でできるし、コスパがいい。それをメインに独学で学んだ方がいいかなと思って取り組んでいます。今は日常生活には困らないぐらいの英会話はできるようになっています。で、一つ面白かったのは、ワールドカップ期間中もオンライン英会話を続けていたんですけど、ブッキングした先生が浅野拓磨選手に教えたことがある人らしいんですよ。浅野選手はナチュラルじゃないけど、普通に会話できるし、意欲的にやっていたそうです。影の努力がワールドカップの活躍につながったんだろうと感じました。三笘薫選手はコロナ期間に英語を猛勉強したという話を聞きましたし、サッカーで活躍するためにも言語は大事ですし、コミュニケーション能力は絶対に必要だと感じています」

Q.何のツテもなく、イングランドに向かったのですか?
「なかったです。観光ビザだけ取っていました。でも、なんとなく自信があったというか、『なんとかなるだろう』という思いがあったんです。サッカー部をやめて、失うものはないですし、すべてが重なって、それが変な自信になったというか、自分はできると思ったし、サッカーでイングランドに行きたい思いが強かったので、不安よりも『やってやろう』という気持ちが強かったんです。10月3日に渡航しました」

※ブライトンの風景

Q.住む部屋はどうしたのでしょうか? 最初はホテル暮らしだったのでしょうか?
「最初はホームステイでした。homestay.comというサイトで見つけたんです。国際学生証さえあれば、そのサイトから安く探すことができるんです。滞在先が決まるのも、出発ギリギリでした。両親は心配していましたが、なんとかなるだろうと思っていったところ、なんとかなっている感じですね」

Q.どういうホストファミリーでしたか?
「ナイジェリア人の家族です。イギリス出身ですし、英語を話せるんです。部屋もすごくきれいでしたし、いい人たちだったので、充実した日々を過ごすことができました」

Q.今もそこに住んでいるのでしょうか?
「ホームステイしたのは最初の2か月間でした。とても良い家族だったのですが、慣れてくると「ビジネス家族」感を強く感じてきて、変化が必要だと思います引っ越しをしました。今はフラットハウスという、日本でいうシェアハウスみたいなところに住んでいます。周りはアルゼンチン人やイタリア人やロシア人などがいます。すごく刺激的な日々を送ることができているので、引っ越して正解です」

Q.どこかのクラブとアポも取らずに行ったのですか?
「何一つアポは取っていませんでした。プランは一応立てていて、目的地というか、拠点をブライトンにしたんです」

Q.なぜブライトンにしたのですか?
「僕が行く前から三笘選手がブライトンに戻ってくることになっていて、僕は三笘選手がブライトンで活躍すると思っていたんです。日本人が活躍してくれると、その街での日本人サッカー選手の価値が高まると思ったのが理由です。実際、それがいい方向に働いているので、その判断は正解だったと思っています」

Q.前述の指導者の方から「どこかのチームのシーズンパスを購入して、1年間試合を観に行った方がいいよ」と言われたそうですが。
「そうなんです。日本人がいるプレミアリーグのチームを1年間追ってみようということで、ブライトンのシーズンパスポートを購入しました。それが日本で唯一やったことですね」

Q.日本で買えるんですね!
「そうなんですよ。ブライトンはイギリスの中でロンドンの次に日本人が多い街なんです。結構、日本人が多いんですよ」

Q.そうなんですね! ブライトンはどんな街なのでしょうか?
「近くに海があって、観光で来る人が多いですね。あと、LGBTQの多様性が認められている地域なんです。だから、そういう環境を求めてくる人も多いです。最初驚いたんですけど、男性同士のカップルや女性同士のカップルが普通に手をつないで歩いている。そういう光景が日常にある街です」

Q.現在、三笘選手が大活躍していますが、追ってみていかがですか?
「とにかく、すごいです。シーズンチケットなので、座る席が同じなんです。サポーターとして有名になってやろうという思いもあって、毎試合日本国旗を掲げています。三笘選手が出てくると、周りの人は僕に指を差して引き立たせてくれるんですよ。あと、三笘選手のユニフォームを着ていると声をかけられますし、いきなりチャントを歌われることもあって、面白いというか、すごく温かいです」

Q.三笘選手から存在は認識されている?
「それはまだですね。これからの目標です。三笘選手のパーソナルトレーナーとのネットワークは見つけたので、これからアプローチしたいと思っています」

Q.ブライトンでの三笘人気はすごいですか?
「すごいです。サポーターはみんな『三笘は伝説だ』と言っています。三笘選手は負けた後もサポーターに向けて拍手をして感謝の思いを伝えるんです。サポーターはそういう姿勢を見ているんです。プレーだけでなく、そういう人間性も含めて、愛されているんだと思います。それは現地の人じゃないと分からないと思います」

(写真提供:手塚文登)
(取材・構成:佐藤拓也)

※後編に続く

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