デイリーホーリーホック

水戸OB福井諒司さんインタビュー(後編)「水戸に関わる人々に救われ、成長できた。茨城の教師になって恩返しをしたい」【インタビュー】※無料記事

【写真 米村優子】

2016年6月から期限付き移籍で加入。翌年から完全移籍し、2018年までの約2年半、水戸ホーリーホックでセンターバックとして活躍した福井諒司さんが、2021シーズンで12年間のプロ生活に終止符を打ちました。
そして第二の人生として選んだのは、茨城県での教師の道。
これまでのサッカー人生を振り返りながら、故郷ではない茨城の教育の現場でセカンドキャリアを歩んだのか、また、どんな教師を目指していくのか語ってもらいました。

お手本になる先生たちに一から学ぶ感謝の日々

Q.福井さんは兵庫県出身ですが、どのような経緯で茨城県の教師になることを決めたのでしょうか?
「水戸ホーリーホックに救われて、成長させてもらいました。水戸に関わる色んな人に助けられたんです。それで、自分が茨城で貢献できることはないかと考えたからです。もちろん、子育てがしやすいように千葉県にある妻の実家に移住したこと、水戸時代に知り合った教育関係者の方が親身になって相談に乗ってくれたことも大きいです。引退後はすぐ講師に応募して、最初に紹介をされたのが伊奈特別支援学校でした。特別支援学校の事は何も分からない状況でしたが、飛び込んでみた形です。本当は年度初めの4月からスタートと言われていたのですが、できるだけ早く慣れたいと思い、3月から入らせてもらいました」

Q.3月は中学3年生のクラスに配属されたそうですね。
「大学時代、教育実習で特別支援学校に行くような子ども達と触れ合いましたが、それ以来の指導です。中学3年生なので、出会った途端に卒業してしまうのですが……。入って間もないですが、毎日すごく勉強しているなと感じています。何でもそうだと思いますが、飛び込んでみないとわからないことだらけ。とにかく挑戦しなければならないと実感しています」

Q.新しい挑戦の場で早速、色々な物事を吸収しているのですね。
「選手時代はパソコンで文字を入力するのもやっていませんでしたから、今は人差し指だけで入力している状態。そういう所からのスタートです。本来ならば即戦力のような先生の方が助かるのかもしれないですが、周囲の先生方に一から教えてもらっています。本当感謝しかないですし、また色んな方々に助けられているなと実感しています。特別支援学校は子ども達一人ひとりに個性がある中で、言葉遣いや気遣い、臨機応変に対応する力だったり、色んなものをレベルアップしていかなければならないと感じます。先生方は人間力が高い。だから、人に優しくできるのかなと感じます。本当に助けてもらっていますね。『こればかりは経験だから』と優しくフォローしてくれて、色々と気付かされますよね。教育現場の色々と入るまでは『どんなだろう?』と未知の世界でしたが、どの先生も子どもたちのためを考えていて、とても必死です。何か一つのことをやるにしても、自分もこうなりたいなというお手本になる先生たち。自分より年齢が上の方も、若い方もプロですよ、本当」

一人ひとりの個性を伸ばし、笑顔を増やせる教師になりたい

Q.最初に伊奈特別支援学校で教師を経験したことは、この先のキャリアを積み重ねる上で、とてもプラスになりそうですね。
「この特別支援学校で様々な経験したいと改めて思いました。いつか他の学校に行っても、必ず色んな子どもがいます。パーフェクトには難しいかもしれませんが、その子どもに合った教育をする必要があると思います。子ども達はみんなかわいいです。この学校の子どもたちもできないことをやろうと頑張っていますし、それをサポートするには自分がもっと勉強しなければならないなと考えています。障がいに関する勉強もしなければなりません。各々の性格もありますし、思春期という時期でもあり、本当に個人個人が違う。まだ、『これを言ったら興奮させてしまうのでは?』という加減など、分からない事だらけですから」

Q.今は怒涛の課題に直面している状況なのですね。
「授業の前に初めて体操を担当させてもらったのですが、協力して背中合わせになって起き上がる動作をできる子、できない子がいて、2人組でやってもできなかったことが、みんなでやればできたんです。それで、ちょっと嬉しそうな顔をしている生徒を見た時、『こういうのをいっぱい増やせる教師になりたい』と思いましたね」

Q.特別支援学校は、複数人の教師がチームを組んで授業をしていくのも独特ですよね。
「中学や高校だと各科目の先生が個人でやるものですが、特別支援学校はチームでやっていきます。そのバランスも色々とあるだろうし、複数で見る中でそれぞれのいいものを引き出さないといけない。多分、色々と恥ずかしがっていては駄目ですね。失敗してもいいから、どんどんやっていかないと。それはサッカーでも教育でも、どの世界でも一緒なのかもしれないですね」

Q.元Jリーガーという特殊なキャリアを持つ身として、どんな教師を目指していきたいですか?
「ここに来るまでは『夢を見つけて、何でもチャレンジしていく』とか『失敗を恐れない』とか寝ぼけた目標を持っていました。最高はそれなのかもしれませんが、いざ教育現場に入ってみると、少しでも何か出来て、喜んでいる顔とか頑張った後の顔を見るだけでも、こっちも嬉しくなる。小さなことでもいいから、一日一日が楽しかったなというのが、後々ためになることが多いのかなと考えるようになりました。そして、その子に合わせて、一人ひとりの個性を一番伸ばせられるような先生になりたいです」

Q.小さなことを一日一日積み重ねていくのは、サッカーと同じですね。
「そうかもしれないですね。本当、一個一個というのは、確かにサッカーとつながっている所は多いかもしれないです。これからも経験を続けていかなければいけないなと思います。サッカー選手が終わったから全て終わりではなく、それをいかに自分が役立たせるかが大事だと思います」

Q.教育の現場以外の世界を知っているからこそ、子ども達に独自のアプローチできる部分があるのでは?
「色んな人に手を差し伸べられて生きてきたので、今度は自分が手を差し伸べたいです。やはりそこで手を差し伸べられずに終わった選手もたくさんいる中で、自分は運良く12年間もサッカーを続けられました。恩返しするためにも、自分自身、成長し続けないといけないと強く思っています」

Q.サッカー部を指導する予定はあるのですか?
「今はコロナの影響で休止しているようですが、高等部にサッカー部があります。もしかしたら自分が来たことを喜んでくれるかもしれないですし、過去にはホーリーくんも来てくれたりしたことがあるらしいので、水戸ホーリーホックともつながっていけたらと思います」

Q.水戸ホーリーホックは社会貢献活動の一環として子ども向けの教育プログラム「Make Future Project」を実施しています。そういった活動を通じてもつながれそうですね。
「そうですね。水戸ホーリーホックに恩返ししたい気持ちがあります。そういうことができるように、まずは自分が成長して、一生懸命勉強したいです。最初はポンコツでも気持ちが伝わればいいかなと思っています。適当じゃ絶対に駄目。頑張るとかじゃなく、ものすごく頑張らなければ。色々と頭を働かせたいと思います」

今の水戸はアグレッシブで攻撃的。これから成長していくチームだと感じた

Q.水戸のホーム開幕戦を観戦していましたが、今季のチームの印象は?
「知らない選手ばかりでしたが、若い選手が多いですよね。そして自分がいた時よりもアグレッシブに攻撃するチームになっているのは印象深い所です。仙台よりも水戸の方がいいサッカーしていたイメージでしたけれどもね。ちょっとしたミスもあったけれども、これからどんどん成長していくチームだと感じました。取られた後の切り替えも速くて面白い試合でした。不思議な感じがしましたね。引退してから普通にお客さんとしてサッカーを見たのは初めて。やはりサッカーを見るのは、あまり好きじゃない(笑)。やっている方が好きだなと感じましたね。見に行った時、覚えてくれているサポーターの方がたくさんいてくれて、嬉しかったです」

Q.茨城県社会人リーグ2部所属クラブ「AIK日立プライド」の加入も発表されました。今後も地域クラブでサッカーを続けるのですね。
「本間幸司さんの先輩が代表者で、知り合いを通じて監督から誘われて入ったのですが、ゲームに参加するのは、まだ先のこと。自分が教師という仕事をする中で、色々と落ち着いてからですね。今はまだ無理ですが、できるような状況になったら、自分の体づくりも含めて、またサッカーをやれたらなと思っています。拠点が日立なので、なかなかいけないですけれども、神栖などで試合もやるらしいので、行ける時は行けたらと思っています。仕事の慣れ次第なので、今は未定ですね」

Q.最後に水戸サポーターへメッセージを。
「水戸にいた時は応援してくれて、連敗した時はブーイングもされました。距離が近いからこそブーイングしているサポーターの顔を一人ひとり覚えている気もします(笑)。でもその分、応援もしてくれていました。今でもInstagramでコメントをしてくれている人もたくさんいます。茨城県で学校の先生を始めたので、沖縄よりも近いですし、どこかで会えることもあるかもしれません。サッカー選手は辞めましたが、これからも変わりなく、応援して欲しいなと思っています。これだけ応援してきてもらったので、ちょっとずつですが、茨城県に貢献できるよう頑張りたいなと思っています。本当、皆さんには感謝しかないです」

【写真 米村優子】

(取材・構成 米村優子)

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