HAMABLUE PRESS

【特別コメント】新井瑞希、移籍の決断を語る。「今回の移籍については話せないこともあるんですけど……」

 

昨年12月26日、東京ヴェルディから完全移籍加入が発表された新井瑞希。昨夏シーズン途中にポルトガルのジル・ヴィセンテに期限付き移籍していたが、背番号10の海外挑戦を快く送り出したヴェルディサポーターにとっては、帰ってくるならヴェルディ以外にあり得ないと受け止めるのは当然で、2018年から20年までエルゴラッソでヴェルディを担当していた筆者のTwitterのタイムラインも大騒ぎとなった。

実は新体制発表から、何度かに分けて新井に移籍のことを聞いていた。ここに書いていないことまで含めて、昨年後半の彼はヴェルディとジル・ヴィセンテの思惑の中で難しい状況に置かれており、彼のポルトガル挑戦は苦い終焉を迎えることになってしまった。

新井自身は「書いてくれなくていいですよ。俺はプレーで結果を出すしかないんで」と切り替えていたが、誤解があって少しでもそれを晴らすことができるならと説得し、言える範囲のことを記事にすることを了承してもらった。ヴェルディサポーターの皆さんにぜひ読んでいただきたく、移籍の部分に関しては無料で公開。後半は横浜FCに来てのことをいろいろ語っています。

 

 

■新井 瑞希

――移籍の決断について教えてください。

「オファーをいくつかもらって、J1でやりたいという気持ちが強かった。J2でやってて横浜FCの雰囲気も分かるところもあったので決断しました」

 

――J1というのが理由として大きかったわけですね。

「もちろんそうです。自分はJ3、J2とやってきて、ポルトガル(ジル・ヴィセンテ)に一つ飛び越えはしましたけど、やっぱりJ1でやりたいというのがあったので、それは魅力的なオファーでした」

 

――ヴェルディに戻るという選択肢は考えましたか?

「もちろんありました。僕はヴェルディが好きでしたし、試合に出られない時期もあったけど、嫌いなクラブだったら4年もいなかったです。ただ、ポルトガルからまた日本に戻るというときに、ヴェルディのサッカーは僕がいたときとは変わってしまっていた。永井さん(永井秀樹監督/現神戸スポーツダイレクター)が育てたユースメンバー中心のサッカーから、大卒のメンバー中心のフィジカル的なサッカーに。そういうところは上の強化部の考えもあったと思うし。僕個人がヴェルディに残りたいとか、残りたくないとかいう判断ではなくて、お互いの意見があった上で移籍というのは起こるものだと思う。ヴェルディとしては違約金を満額払えないんだったら移籍させる気はなかったと思うし、それを満額出せるクラブに移籍させたというのはヴェルディとしてもプラスにはなったと思います」

 

――移籍金はしっかり残したわけですね。

「はい。移籍の形態については契約で話せないことがあって、自分でも歯痒いところがあります……。ただ、ポルトガルで試合に出られなくて難しい時期もありましたけど、自分のやるべきことをやって試合に出て結果を残すことができたからヴェルディにお金を残すことができた。そこは良かったと思います」

 

――分かりました。話していただいてありがとうございます。ではここからは横浜FCに来てからの話を。ここまで練習試合も2試合こなしましたが?(取材日は1月20日)

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